世はまさに、空前のVtuberブーム。
ネット配信というコンテンツが普及したことにより、配信サイトを利用して動画配信をする人口は年々増加傾向にある。
その中でも、生身の人間による実写動画配信ではなく、所謂二次元キャラのイラストを動かしたり、3Dのキャラクターを使用し動画配信を行うVtuberというコンテンツは、特に年々人気を増していく一方だ。
その理由の一つとして、自分の素性を隠したまま配信できるというのが大きいと言えるだろう。
それに、可愛い、もしくはかっこいいキャラクターを起用できることで、自分の容姿に関係なく人を楽しませられる点も大きい。
それは見ていても楽しいし、需要と供給が上手くマッチしていると言える。
そんなわけで、年々その数を増やし続けているVtuber。
その中でも、最近グイグイと人気が急上昇しているのが「FIVE ELEMENTS」というVtuberグループだ。
男性二人、女性三人からなるVtuberグループで、普段はゲームや雑談配信などをメインで活動しつつも、年に一度、大きな会場で歌って踊るアイドルとしての一面も併せ持つ五人。
全員が個性に溢れており、高い歌唱力とともに完璧なステージを届けてくれるというアイドル性。
だがそれに対して、普段の配信では馬鹿なことばかりしており、そんな身近な感じで楽しめるところが人気を集めている理由だったりする。
普段は緩い分、ステージに立った時のギャップが良いと、話題が広まっていったのだ。
そんな彼らは、それぞれがチャンネル登録者数百万人を超えており、今や多くのVtuber達の憧れの的となっているのであった。
◇
ジリリリリリ――。
「……んぁ、うるさい……」
目覚ましに無理矢理起こされた俺は、目を擦りながらベッドから上半身を起こす。
「やばい……全然昨日の疲れが取れてないな……」
とは言っても、二度寝は不味い。
俺は寝ぐせでボサボサになった頭を掻きながら、大きな欠伸とともに洗面台へ向かうのであった。
俺の名前は、
今年の四月から大学に通っており、現在は慣れない都会での一人暮らしを頑張っている。
目覚めた俺は、フラフラと歯磨きをしながら、洗面台の鏡に映った自分の姿を確認する。
そこには、まだ眠たそうに目を細めながら、ボサボサの髪型で歯を磨く冴えない男の姿――。
そう、自分で言うのもなんだが、俺という人間は本当にどこにでもいるようなぱっとしない男なのだ。
まぁこの歳にもなれば、世間における自分の立ち位置なんてものはよく分かっている。
モテるわけでも、人気者なわけでもない。
クラスにいても、大半の人は存在を認知すらしていないような日陰人間。それが俺だ。
でも、勘違いしちゃいけないのが、別に俺は所謂陰キャと呼ばれるような存在ではない。
地元に帰れば友達はいるし、人と普通に話すこともどちらかと言えば好きだ。
面白いことも好きだから、誰かに誘われれば普通に集まりにだって参加してきた。
ただ、生まれ持ったこの存在感の薄さから、人から好かれるわけでも嫌われるわけでもなく、いわば空気のような存在として扱われることが多いだけなのだ。
まぁ、これは学校という閉じた世界においてのバランスで、こういう役割の人間も必要なのだと思っている。
だから別に、これまでの人生を何かを悔いているとか、誰かを恨んでいるなんてことはないし、まぁどこの学校にもいるような平凡な男。
それが、俺の自分に対する自己評価なのであった。
「今度、整形でもしてみるかぁ?」
自分の頬をペチペチと叩きながら、違った自分を想像してみる。
もっと目を大きくして、鼻筋を高くでもすればマシになるだろうか?
……いや、やめておこう。
別に俺は、誰か好きな相手がいるわけでもなければ、異性にモテたいわけでもないのだ。
それに、今は割かし忙しい日々を送れていることに、それなりに満足だってしている。
「――っと、アホなこと考えてたら遅刻するな。急がなきゃ」
そんなわけで、ようやく脳もしゃっきりとしてきた俺は、身支度を済ませると今日も大学へ向かうのであった。
◇
「おはよー!」
「おっす! おはよー!」
今日の一限は、経済学の授業。
教室に入ると、同じ学科の友達と朝の挨拶を――交わしたりはしない。
挨拶を交わし合う人達の横を無言で素通りし、俺は一番後ろの列の一番端の席へと着席する。
そう、俺はこの大学で、ボッチの座を獲得しているのだ――。
地方から一人、この大学へと進学してきた俺。
学科どころか、大学内に同じ高校だった人なんて一人もいないのである。
まぁそれは、俺に限らず地方から出てきた結構な人が同じ状況だろう。
だからこそ、大学生活というのは出だしが肝心なのだ。
みんな入学早々、友達を作るために気が合いそうな仲間とグループを作っていた。
そして気が付けば俺は、そのどのグループに属すこともないく、見事ボッチの座を獲得しているのであった。
そんなわけで、出だしから失敗した俺の大学生活。
ただそれにも、一応理由はあるのだ。
入学して間もない頃は、本当に色々とやることが多すぎて、正直友達を作っている余裕なんてなかったのだ。
それに今だって、結構慌ただしい生活を送っているため、俺にとってはこのボッチなことはむしろ都合が良かったりするのであった。
――おかげで、昨日も寝るのが遅くなって寝不足だしな。
俺は欠伸をかみ殺しながら、こういう隙間時間にやれることをやっておこうと、鞄からノートPCを取り出す。
PCは授業でも使うし、それ以外のことでも俺にとっては必需品だったりする。
ただまぁ、どちらかと言うと授業以外の用途で使うことの方が多く、幸いボッチの俺は、誰にも見られないのを良いことに授業の時間も利用して堂々と内職していたりするのだ。
「……うわぁ、やっぱり凄いアイコンの数だねぇ」
しかし、そんなボッチの俺に対していきなり声をかけられる。
しかもその声は、まさかの女性の声だった――。
驚いて振り向くと、そこには同じ学科の女の子が立っていた。
彼女は隣で覗き込むように、俺のPCの画面を興味深そうに眺めているのであった。
彼女の名前は、藍沢梨々
何故、ボッチの俺でも彼女の名前を知っているのかと言えば、それは彼女がこの学科におけるちょっとした有名人だからだ。
サラサラとした金髪のストレートヘアーに、健康的な白い肌。
少し露出の多い服装を好んで着ており、今日もシャツの隙間からは、そのたわわな胸の谷間が少し覗いている。
そんな彼女を一言でいうなら、ギャルだ。
明るく、見ればいつも楽しそうに笑っていて、既にこの学科内でも中心人物と言えるような目立つ女の子。
それが、俺の藍沢さんに対する印象だった。
そんな藍沢さんは、男子達からの人気も高い。
何故それが分かるかと言えば、別にみんなに聞いて回ったわけではなく、今も周囲の男子達がこっちを探るように見てきているからだ。
それに、俺から見ても藍沢さんは普通に可愛いと思う。
猫のようにくりっとしたその大きな瞳に、小さくてプルプルとした可愛らしい唇。
オマケに健康的なその足はスラリと長く、彼女にはただ歩くだけでも周囲の視線を奪ってしまうような美しさがあった。
だからこそ、これまで一度も会話したことのない藍沢さんが、いきなり俺なんかに声をかけてきたことに戸惑ってしまう……。
「え、えっと……何か用かな……?」
俺は恐る恐る返事をすると、藍沢さんはニッと微笑む。
そして、その整った顔をグイっと近付けてくる。
「ねぇ、わたしにパソコン教えてよ?」
そして彼女は、そのまま自分の荷物を隣の席に置くと、俺の隣の席へと腰掛けたのであった――。