そうだ、僕らが入って来た時、この男は床にガジエアを突き立てようとしていた。
「君をここから人間の世界に降ろすわけにはいかないよ。どれだけ長い空間を堕ちると思ってるの。君の想像を遥かに超える深さなんだ。そんな中途半端な姿では辿りつく前に身体だけじゃない、魂も消えてしまう」
「じゃあ、神様がこの鏡の部屋ごと降ろしてくれよ」
勝手なことを言う。
「無理だよ、君が壊してしまったじゃないか、このままじゃ移動なんかできない」
僕の答えに男は悲しい顔で言った。
「ごめんな。だから、これ以上壊さなくて済むように神様の方から開けてくれ」
僕と違って健康そうな艶々した肌が美しいなと思う。悪魔になっても、人間の世界に戻っても魅力的に違いない。
「どうして消えたいなんて言うんだ」
「嫌なんだよ、この世界の仕組みが。この刀とこの水ごと終わらせてやる。そうするつもりで逃げ出して来たんだ」
ガジエアは四本あるから一本消えただけでは大きな影響はないかも知れない。
でも、この男の持っているトリプガイドの源水は別だ。今、極楽で使用中のものが枯渇した時、源水がなかったとしたら世界の仕組みが変ってしまう。
「ねえ、考え直して……」
小声で言う僕に向かって、ナイトが静かに諭した。
「シロキ、絶対扉を開けるなよ。お前、魂を一つ消してしまうことになるぞ」
僕が魂を消す――そんなことできるわけがない。
「そうか、仕方ないな。神様、ごめんな。鏡、弁償できなくて」
男は言うと同時に、ガジエアを床に向かって突き刺した。