「あ、月食が始まりましたね。月が消えるまで僕はここにいます。門の移動は次に月が完全に現れるまで出来ますから。間に合うように中に入れます」
「間に合うように中に入れる? 岩の門を鏡の中に引き込むの? ルキルくん、もしかして俺の空間の内側から人間の世界に門を移動させるつもり?」
「そうです。人間の世界と鏡の空間をつなげます。シロキさんが僕を探せって言ったのは、そのためでもあるかと」
一呼吸置いてルキルくんが続ける。
「人間の魂をシロキさんが戻るまで鏡の空間に保管して下さい。シロキさんが門を地獄に固定したので、本来地獄に引き渡されるはずの大勢の魂が人間の世界で溢れそうになっています。シロキさんでないと各地獄に送るのは難しいでしょうが、保管しておくことはできますよね?」
カドが初めてピンときたという顔で言う。
「そうだよな。今年は土地の神様から魂を引き取っていないものな。俺にはどの地獄に送るべき魂かなんて見分けがつかないし、誘導もできないけど、保管はしておけるよ。でも俺の空間の内側から門を移動させるだけで魂の引き取りなんて出来るの? さっき空間をつなげる、とか言っていたけど……」
「可能です。それは後で実際にやってみせます。カドさんは人間の世界につながる扉を開いてくれるだけでいいです」
見上げると少し目を離した隙に、月を覆う赤黒い影の部分が増えている。
「俺も月が消えるのを見てから中に入るよ。欠けていく月が鏡に反射して綺麗だ。最後まで見ていたい」
俺は月と鏡が両方見える位置に座り込んだ。
「俺も見たい」
カドが笑って隣に座る。
俺たちの斜め前に、ルキルくんがファミドを連れて立ち、月を仰いでいる。気になっていたことを聞いてみた。
「ルキルくんの門の移動には何故、月食の間という縛りがあるんだ?」
「いつもは月に向けている熱量を門に対して使えるからです。皆既月食の間は熱量を全て門に向けても問題ありません。門の移動は月が完全に隠れてから七割戻る間に行います。今回僕は、まず岬にある門を鏡の空間に引き入れて、それから人間の世界に移動させます。そして、引き取るべき魂を全てを鏡の空間に送りこめば完了です。時間は充分ですから安心して下さい」
月が限りなく黒に近い赤に染まり、夜の空に溶けて行く。ルキルくんの顔から幼さが消え、太古の神様に近づいているように感じた。