「本来門は物質です。この門以外は。この門は意志がないだけで生きています。そうですよね、カドさん」
ルキルくんが先に答えた。
「まあ、そうだな。俺の身体だった部分も組み込まれているから魂はないけど生きていると言えるかな」
不思議だ。生き物がそんな状態で存在しているとは信じられない。俺は自分が映る鏡を優しくなぞった。
「正十二面体と言ったよな。もう一回聞いて良いか? これの一番上の面に極楽への扉があるんだな」
「そう、一番上の平な面が極楽への扉、上層の五面と下層の五面はそれぞれ別の地獄と接していて、一番下の平な面は人間の世界への扉だよ。極楽と人間の世界は間に緩衝場があるから、地獄みたく扉を開けたら直ぐそこって訳じゃない」
「この鏡は炎の地獄にもあったんだな。全然気がつかなかった」
「悪魔でも知っているのは一部だと思います。炎の地獄ならアドバンドさん、水の地獄ならシスさんとか古い悪魔です。門は僕のような神様には鏡の姿を見せますが、普段は透明ですから見ても気がつかないと思います。地獄の中央穴も、ほとんどの悪魔にはただの大穴だとしか思われないでしょう。魂の受け渡しの時は鏡になるから引き取り役の悪魔だけが見ていることになりますね」
「ルキルくん、良く知ってるな」
「それはシロキさんに聞いたのと……」
ルキルくんが少し言い淀んだあと言った。
「それに僕はずっと鏡の神様を意識していましたから。僕が最初にシロキさんとカドさんを見た時のことは忘れません。夜空を映す正十二面体が冷たい空気を上昇して行く姿は本当にきれいだった。あの時の気持ちは……僕のせいで夜空が振動したくらいです。そのまま人間の世界を抜けて地獄に吸い込まれて行くのを見ていました。あの箱の中にいるのはどんな神様なんだろうって、僕は夢中になって想像しました。ある日、カドさんがうっかり透明なまま上昇しようとしたんだと思いますが、空間が透けて見えていた時があって――」
「あ、いやだな。ルキルくん見てたの。そうなんだ、上昇は門が加速するから、鏡の姿の方が安定するのに、透明のまま上がろうとしたことがあってさ。あの時はシロキさんが代わりに鏡に変えてくれた。『カド、僕ら壊れちゃうよ』って笑いながら」
「でもそのおかげでシロキさんを初めて見ることができました。透明な門の中に初めてシロキさんを見た時、一瞬だったんですけど、感想なんて浮かばなかったです。周囲が無音になったことだけ、覚えています。あの時の顔、カドさんに笑いかけていたんですよね…… とにかくまた会いたくて、ずっと夢に見ていました」
シロキさんは不思議な神様だな、俺は改めて思う。印象が安定しない。月の神様の夢、人間のお兄さん、カドのだらしないけど優しい神様。俺には妖艶に見えた。そして鏡の悪魔からは情緒不安定と言われている。不安定で安定している。永遠に謎で、ずっと考えていられる存在。