ルキルくんが空を見て言う。
「薄暗くなってきました。僕、本当はこれからファミドにくるまって、あなた達と朝までどうでもいい話をして笑って過ごしたかった……でも、時間があまりないんです」
「そうか、今日は――」
「都合よく皆既月食なんです」
カドの魂が抜けた門は、シロキさんが復活するまで移動できない。シロキさんはカドに人間の世界に戻れと言っていた。今夜ルキルくんの門から移動するしかない。
そもそもシロキさんの魂は今どこにあるんだ。極楽に行くつもりはないと言っていた。鏡の空間の中か? じゃあどうやって再成する。極楽を避ける理由はなんだ。いくら再成の過程が残酷とはいえ、自分の魂の話だぞ。
「取りあえず、地獄の中央穴まで移動しましょう」
ルキルくんが俺たちに言った。
「どうして?」
カドが尋ねる。俺も、あの岬にあった石の門から人間の世界に移動するのかと思っていた。
「どうしてって……気になりませんか? 鏡の門の中が今どうなっているか。カドさんの魂が抜けて、もう一年も経ちます。カドさん、あなたが抜けた門の強度はどれくらいですか?」
「そりゃあ気になるけど……俺がいなくても門そのものも、かなり丈夫だよ。俺がすることって形や大きさを変えたり、各地獄と人間の世界、極楽に通じる扉を開けたり、少しなら門の位置も動かせる、そんなものだよ。ガジエアで傷をつけても勝手に修復されるってシロキさんが言ってた。神様の一部なのにおかしいよな」
「門にもカドさんの魂と同じく悪魔の血が混じっていればおかしくはないです。ガジエアは神様の設計図を壊すものだから、悪魔にとっては他の傷と同じです。自力で修復されるはずです」
自分のことなのに「そうなの?」と驚いているカドに「たぶん」と短く答えてから、ルキルくんは俺の方を見た。
「エンドさん、今回あなたにも僕の門を通って人間の世界に一緒に行ってもらうことになりますが、気を付けて欲しいことがあって」
「俺も聞きたかった。悪魔は人間の世界に降りると罰せられたりするのか? 俺は自分がついて行きたいだけだから自業自得だが、ルキルくんまで巻き込みたくない」
「いいえ、罰なんてないです。単に人間の世界に降りたいなんて思う悪魔がいないこと、門を持たないので移動手段がないこと、人間の世界に悪魔がいないのは、ただそれだけの理由です。あなたはシロキさんにカドさんを頼まれたのだから、行かなければなりません」
「そうなのか、じゃあ何が問題だ?」
「言いにくいんですが、人間の世界では地獄も悪魔も、その、何ていうか、とにかくとても邪悪なものとされているんです。罪を重ねさせないように。だから正直あなたみたいな悪魔と人間が接触することは都合が悪いんです。人間に好かれてしまう。地獄が良いところなんて認識されてしまうと、人間は罪が怖くなくなります。それどころか自分勝手に生きたあげくに、美しい地獄で優しい悪魔にお仕置きをされるなんてご褒美までついてきては辻褄が合わなくなってしまう」
「なんだか色々すごい誤解だな。とにかく人間と接触しなければ良いんだな」
「そういうことです」