視界をまだらに埋めながら大粒の雪が柔らかく降ってきた。
「シロキさんって血が出ないんですか」
白い息を忙しく吐きながらマツリくんが突然言った。
「え? ああ、僕のはそういう身体じゃないから大丈夫」
そうか、雪で見えずらいが道に岩が多くなってきていた。直ぐにふさがるから気にせず走っていたが、僕の薄い着物から覗く足は、傷だらけだったかも知れない。その前にさっきから雪道で一度も滑ったりしていないのだって不自然だと思っていただろう。
走りにくくてもマツリくんの手を掴んでいるのには理由がある。
君が傷ついても直ぐに僕が治してあげる、数分後に消える身体だとしても少しも汚さないように、そう心の中で唱えていた。
海のうねる音と雪の深さとカドの匂いが強くなる。
「ナイト、カドに会えるよ」
僕は嬉しくなって振り返った。夜の深い青に染まっていく景色の中でナイトの雪明りに照らされた顔がきれいだ。
「そうだな。お前まで楽しそうだ、にこにこ笑って。変わってないな」
そういうナイトの口元が緩む。僕は息が苦しくなるのを走っているせいにしたくなる。
カドは頼もしいナイトに甘えてばかりいた。
僕の事は心配ばかりしているのに。
ナイトもカドを甘やかしてばかりいた。
僕にはいつもしっかりしろというのに。
僕は嫉妬していたんだろうか。僕だって自分の使いに甘えて欲しい、僕だって自分の悪魔に甘えたい、全部僕のものなのに、僕は二人の間に入れない。こんなの全然神様じゃない。
「シロキさん、泣いてるんですか」
いつの間にかマツリくんとつないだ手に力がこもっていた。
「うん、久しぶりにね」
隠しても仕方ないので涙声で答えた。
「走りながらふざけたり、笑ったり、泣いたり忙しいな。マツリ、そいつ昔から情緒不安定なんだ」
背後でナイトが息も切らさず言う。僕は消えたくなる気持ちを抱えながら地面を見て進む。
「どうした? お前を好きな理由を言っただけなのに」
肩越しにマツリくんを見ると、僕に愛おしそうな視線を注いでいる。何なんだ、この子もナイトも。
「マツリも好きだろ。本当にシロキはお前の兄さんに良く似てるよな。あいつは神様向きだ」
立方体で地面から少し浮くカドの一部が見えてきた所で僕は足を止め、振り返った。
走っていた勢いのまま、マツリくんが僕の胸にぶつかる。
「シロキさん、どうしたんですか」
この子をカドに入れたらこの身体が消えてしまう。僕はマツリくんの顔を忘れないように両手で包んでしっかり記憶し、力いっぱい抱きしめてその骨の形と温もりと、鼓動の強さも覚えた。この子が還される時、この身体を取り戻してあげたい。
「さ、行くよ」
そう声を掛け、一気にカドの全体が見える場所まで来る。
「カド、この子を中に入れて」
カドが完全に戸惑っている。
「急に何? 駄目だ、出来ない。誰だよ、この子。人間を中に入れたらどうなるか、わかってるだろ」
そうなるよな。でも説明している時間がなかった。
幽霊が――それだけなら良かったのだけれど、厄介なことにガジエアを持った幽霊が崖の向こう側から現れたからだ。どこから出てくるんだよ。下は海だぞ、本当に幽霊っぽいな。
「大丈夫だから。カド、この子の魂を守って」
透明なカドの一部が鏡の液体になって、壁をつたうように流れる。 マツリくんがちらりと僕を見たあと、少しも躊躇わずに中に入る。
やっぱりすごいな、この子。
さあ、僕はどうしようか。