そこには一つの黒い影があった。ナイトが、僕らと黒い影の間に素早く割り込みながら言う。
「シロキ、悪いがマツリを連れてカドの所まで行ってくれ」
影、僕たちが幽霊と呼んでいるそいつが、ナイトから微妙な距離を取って後ずさる。こいつらある意味、鏡の悪魔が苦手だもんな。それに別に強くはない。ただ、マツリくんの魂に触れさせなければいい。一度でも触れさせてしまうと人間の魂は内側から壊されてしまう。
背後はナイトに任せて、僕はマツリくんが捕まらないように一緒に走ろう。カドの待つ岬の方へ身体を向けると、突然数十体の幽霊が進行方向に現れた。
僕は空中に無数の鏡の破片を浮かべ、全てを幽霊に向かって突き刺した。顔から足先まで全部を強く、深く
「昔と違って容赦しなくなったな」
エンドが少し驚いた目で言う。
「いつまでもお前の知ってる弱い神様じゃないよ。これは僕の罪でもあるから」
僕はマツリくんの手を握って走り出した。あいつら何体いるのか見当がつかない。
マツリくんの顔面は蒼白だが表情はしっかりしている。二重の魂の子だもの、大丈夫だ。
僕たちの数メートル後ろではナイトが鏡の破片を体中からまき散らし、幽霊を振り払いながら雪道を走っていた。
走りながらっていうのが、なんだか凄くかっこいい。僕もやってみようか。
やろうと思えば僕にだってできる。でもナイトみたく絵になるだろうか。
「おいシロキ、何見てんだ、前向けよ。お前自分の足元も見えてないだろ」
ナイトが冷めた目で僕を見返す。
「シロキさん、ありがとうございます」
突然、一緒に走っていたマツリくんの声がして、直後に足元にもぞもぞした感触を覚える。
「何これ?」
小さな薄茶色の毛玉が尻尾をちぎれんばかり振りながら、僕に向かって飛び跳ねていた。
「え、ちょっと、今は、来ないで」
僕が避けようと右往左往するほど喜んで纏わりついてくる。
「ジョン! 邪魔しちゃだめだよ。その子、僕と兄さんが飼っていた犬です。秋にいなくなってしまって。戻ってくるように鏡の短冊にお願いしました。叶えてくれんたんですね」
確かにあの中にそんな願いがあった気がする。
ジョンをかわしながらよたよたと何とか走る。
「お前、ふざけてるのかよ。こんな時に犬とじゃれたりして、余裕だな」
ナイトの声がした。顔を見なくても呆れていることがわかる。
幸い周囲に幽霊は見えなくなっていたが、カドのいる岬はまだ先だ。またどこから現れてマツリくんを奪われるか知れない。
「ふざけてなんかいないよ」
どうして僕はいつもこう恰好つかないんだろう。
「ジョン、来い」
え? ナイトが当たり前のように犬の名前を呼ぶと、犬は僕の足元から声のする方へ向かった。
「家に帰ってろ」
ナイトの命令に犬が横道にそれ、坂を下って行った。あいつ、ジョンのことも手なずけてるのか?