この日のために組み立てられた木のトンネルに、願いのこもった鏡の短冊が不規則に間隔を開けてくくりつけられている。鏡の短冊の群れが僕の気配でざわざわと揺れ、街灯を反射し、光りながら互いにぶつかり合っている様子はとても美しい。
「今年も凄い数の鏡ですね。これ全部に人の願いがこもっているんですよね。紙に書く代わりに」
「そうだね。僕にとっては一枚一枚読むより、そうしてくれた方がわかりやすくて助かるよ」
言いながら僕は短冊に近づく。
「マツリくん、ごめんちょっと待ってて。ここの願いを叶えてしまうから。悪魔が来たらまた三人で話さなきゃならないことがたくさんある」
「神様って本当に願いを叶えてくれるんですか?」
マツリくんが意外なことを聞く。
「当たり前だよ。呪いみたいな悪いものはきけないけど。叶えるきっかけをあげる。僕が全部解決したら君たちが生きている意味がないだろ。でもね、せっかくあげたきっかけに気がつかない人間が多いんだ。祈ることはできても信じることはできないんだね。あげたものを見過ごしては掴まなかったり、離してみたり、いつまでも繰り返し嘆いているよ」
空しくなることもあるけど、僕は神様の務めを果たさないと。
短冊の群れの左端に立ち、そのしな垂れた願いの中に一歩足を踏み入れた。
カタカタと落ち着きなく小さな鏡たちが揺れる。
我先にその中の想いを僕に伝えようとしている。
僕は人間から見えないように姿を消し、次々願いの情景を読み取っては叶えていく。
叶えた印に鏡に小さな傷跡を付けて。その度に氷が割れるのに似た小さな音と振動が、凍った空気に伝わる。僕はゆっくりと鏡を潜り抜けて右端に出た。
「そうしてると神様っぽいな」
その時、僕の好きな冷たく優しい声がした。
「ナイト」
僕が願いを叶え終えるまで声をかけるのを待っててくれたのか。再び姿を現しながら彼に駆け寄った。数歩離れた所から困惑した表情で僕らを見ているマツリくんにナイトが話かける。
「マツリ、久しぶりだな。どうした、ぼんやりして。シロキに見惚れてたか。こいつはきれいな神様だからな」
そうか、願いを叶えてる僕はちゃんと神様らしいんだ。
なんだよ、願いはこれだけか。みんなもっとたくさん願えよ。
そう思いながら、照れ臭さを顔に出さないように、僕はマツリくんの方を向いた。
「ナイト、変なこと言うなよ……ほら、マツリくん、こっちに来て」
「いいえ、逆に二人がこっちに来て下さい。みんなが見てます。二人とも見た目が違い過ぎるんですよ、神様とか悪魔基準で考えないないでください。ほら」
マツリくんが早口に言って、僕とナイトの腕を掴み、参道を外れた街灯のない場所まで引っ張った。