急な石段を登って後ろを振り返ると、街並みが夕日で淡く輝いていた。人間が建てた朱色の門の下で僕はマツリくんを待つことにした。
ナイトの言葉の意味をずっと考えていた。マツリくんをカドの中に入れること、それは人間にとって身体を失う事。一方で魂はカドから出ない限り永遠守られる。完璧な悪魔にさえ、一定の条件下では弱点があるが、カドには一つもない。ガジエアでも壊せないし、もちろん人間がどんな道具を使っても小さな傷一つ付けられない。
カドの中のものは、僕かカド自身が扉を開けない限り外の世界から完全に隔絶される。ナイトはマツリくんの魂をそこまでして守りたいのか。確かに人間なら一時的に身体を失っても、地獄に魂を連れて行けばどうにかなる。
悪魔は人間の魂を浄化し、地獄から再び元の世界へ返還している。悪魔によって返還された人間は、堕ちていく過程で新しい身体を生成される。――体なら取り戻せる。
でも、そこまで干渉はしない約束だろう? 一体どうして欲しいんだよ。 やっぱりあの子はあの時の……
がさりと後ろの草むらで音がして振り返ると、大きな耳の痩せた狐が僕を見ていた。僕と目が合うと狐はゆっくりとお辞儀をして、木々の間に消えた。僕はファミドのことを思い出し、少し微笑む。
「シロキさん、何を笑ってるんですか」
マツリくんの声がした。
「ああ、マツリくん。今ね、月の神様の使いに似た狐がそこにいて、ちょっと思い出していた」
「月の神様? シロキさんそんな凄い神様とも知り合いなんですか? 使いって天使みたいなものですか?」
「そう、月の神様。確かに凄いよね。本当なら僕なんかが簡単に会える神様じゃないよ。天使か……良くわからないけど、神様はみんな使いが大切で、しょっちゅうどっちが本体かわかんなくなってるよ。君の信じている神様もそうなのかな」
「さあ、どうでしょう」
マツリくんが困った顔をして首をかしげる。
「月の神様もね、僕のことをお兄さんと思ってくれているんだ。君みたいだ、かわいいよ」
「神様と僕が似てるんじゃなくて、シロキさんがお兄さん体質なんじゃないですか」
今度は少し顔を赤らめ横を向いてしまう。
冬の短い夕刻、落ちる陽が陰影をつけて、忙しく表情を変えるマツリくんを際立たせている。やっぱりこの子、今回が最終か……でもどうして……
うっかり本人に言わないようにしないといけない。
「シロキさん、歩きながら話しましょう。今日は僕のお兄さんのふりをして歩いてくれますよね」