そうだ羽織を彼に持たせたままだ。
「あ、それ、ありがとう」
僕は手を伸ばした。
「着せてあげます」
マツリくんが僕の後ろに立った。
「神様って無防備なんですね」
羽織を広げながらマツリくんが笑う。
「そうかな。僕には怖いものがないせいかもね」
後ろ手に袖を通しながら答える。
突然羽織ごと身体を抱かれた。
「僕の兄さんになってください」
背中にくぐもった声が響いた。
「それ流行ってるの」
つい最近も同じことを言われた。僕は姿勢を変えずに尋ねる。
「君の本当のお兄さんはもういないのかな」
「はい、少し前に亡くなりました。神様にこんなこと言うのは失礼だけど、シロキさん、僕の兄さんに似ていて、僕、今まで人前では泣かなかったけど……」
マツリくんが顔を寄せた肩の辺りが熱い。
「君のお兄さんにはなれないよ。本当のお兄さんには敵わないもの。でも少しの間、お兄さんのふりならしてあげられる」
しがみついてくるマツリくんの両腕を包んで言った。この子のお兄さんはどんな人間だったんだろう。
「君のお兄さんの名前は?」
「イサリです」
背中がマツリくんで温かい。カドは冷たくて気持ち良いけど、温かいのは心地良いな。
「シロキさん、もう一つお願いがあるんです」
「うん、何?」
「明日の鏡のお祭りにシロキさんと行きたい。悪魔に会った時――僕の兄さんが死んだ日なんですが、次の鏡のお祭りでまた会おうって言われたんです。鏡の悪魔はシロキさんの友だちですよね。一緒に行ってもらえませんか?」
ナイトはマツリくんのお兄さんが死んだ時、そばにいた。マツリくんにも鏡のお祭りに来るように言った。どういう意味だろう。
ナイトはきっと僕とカドの『役割』の様子を毎年近くで見守っていたに違いない。それなのに、会いにも来ないでずっと僕を避けていたくせに。今になって何を考えているんだ。
この子をカドの空間に入れるなんて冗談だろ。この子をどうする気だ。ナイトに話を聞かないと。
「もちろんだよ。一緒に行こう。その時にもっとたくさん話を聞かせて。君のこと、君のお兄さんのこと」
「良かった……僕はここの神様の信者だから、鏡の神様のこと好きになったら怒られるかも知れませんね」
「どうして? 僕は僕を信じて祝う人間が他の神様を好きになったとしても平気だよ。たまに思い出して、甘えてくれれば幸せだ。他に何を望むの?」