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第36話 悪魔と会った子

「良かった、消えてなかった。え? 今、歌ってました?」


 初めてマツリくんが笑顔を見せた。


 下手だったかな? 恥ずかしくなって小さく頷く。


「あなたは、ここの神様とは相性が悪いと思っていたから意外です」


「ここの神様は姿を見せてくれないから、相性はわからないな。ここの神様はどこに住んでいるの?」


「僕の……神様ですか。僕にもわかりません」


 マツリくんが困った顔をする。僕がこの子の神様なら、どこにいようが、鏡越しにいつでも会いに行ってあげるのに。


「君の知らない間に、会いに来きているのかもね」


 きっとルキルくんと同じで、僕よりずっと古い神様は、めったに人間に姿を見せないんだろう。でもルキルくんも自分を慕う人間の幸せを願ってる。この子の神様だってそうに違いない。


「そうだ、これ、あなたに」


 マツリくんが照れたように、薄紫色の羽織を差し出した。


 受け取ろうと手を伸ばした僕の指先を見てマツリくんが言った。


「こんなに寒いのに指先まで血色が良いままなんですね。やっぱり神様……」


 僕が気がついてないと思っていたのか、マツリくんは口を滑らせた、という気まずい顔をした。


「大丈夫だよ。僕は鏡の神様。知っているよね」


「……はい、あなた、この間会った悪魔の言っていた通りの神様だから」


 ――人間の世界に悪魔。 この子、やっぱり――


「その悪魔って、言いたくはないんだけど、僕に似ているけど僕より背が高くて、落ち着きがあって、しっかりしていそうな、冷たくて優しい目の悪魔かな」


「ああ、その通りです」


 人間の目にもそう映るんだな。僕はまた自信を無くす。


「その悪魔は僕のことを何か言っていた?」


「えっと、自分に似ているけど頼りなげで、ちょっとぼんやりした……」


「いや、そういうことではなく。僕に何か伝えて欲しいとか頼まれたりしなかった?」


「僕にあなたの門に入れてもらえと言っていました。僕には何のことかわからないんですが……」


 何を考えているんだ。人間はカドの中に入ったら身体を失って魂だけになるぞ。そんなこと、あいつも良く知っているはずだ。


「絶対にだめだ」


 僕は静かに、でもはっきりと言った。


「えっ、僕は別にあなたが、いえ、神様が嫌なら無理に入ろうなんて思ってないです」


 マツリくんが小刻みに顔を横に震わせて言った。


「ごめん、怒ってるんじゃないんだ。ただ君を僕の門に入れるのは、その、危ないから。 それに目的は? 何か聞いてる?」


「『楽しいぞ、空を飛んで色んな世界に行ける』と言われました」


「馬鹿っ!」


 思わず大きな声を上げてしまう。


「えっ。あの、本当にごめんなさい」


 マツリくんが悪いわけじゃない。


「あ、僕こそごめん。大きな声を出したりして。君に言ってるんじゃないんだ。その悪魔のことだよ」


「……神様と悪魔って、仲が良いんですか、悪いんですか?」


「僕とその悪魔の関係はちょっと特殊だけど、一般的に仲は良いよ、当然。悪魔は不思議なくらい神様に心酔しているし、僕らは悪魔に憧れてる」


「何か、そういうの良いですね」


 マツリくんが目を細める。

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