「良かった、消えてなかった。え? 今、歌ってました?」
初めてマツリくんが笑顔を見せた。
下手だったかな? 恥ずかしくなって小さく頷く。
「あなたは、ここの神様とは相性が悪いと思っていたから意外です」
「ここの神様は姿を見せてくれないから、相性はわからないな。ここの神様はどこに住んでいるの?」
「僕の……神様ですか。僕にもわかりません」
マツリくんが困った顔をする。僕がこの子の神様なら、どこにいようが、鏡越しにいつでも会いに行ってあげるのに。
「君の知らない間に、会いに来きているのかもね」
きっとルキルくんと同じで、僕よりずっと古い神様は、めったに人間に姿を見せないんだろう。でもルキルくんも自分を慕う人間の幸せを願ってる。この子の神様だってそうに違いない。
「そうだ、これ、あなたに」
マツリくんが照れたように、薄紫色の羽織を差し出した。
受け取ろうと手を伸ばした僕の指先を見てマツリくんが言った。
「こんなに寒いのに指先まで血色が良いままなんですね。やっぱり神様……」
僕が気がついてないと思っていたのか、マツリくんは口を滑らせた、という気まずい顔をした。
「大丈夫だよ。僕は鏡の神様。知っているよね」
「……はい、あなた、この間会った悪魔の言っていた通りの神様だから」
――人間の世界に悪魔。 この子、やっぱり――
「その悪魔って、言いたくはないんだけど、僕に似ているけど僕より背が高くて、落ち着きがあって、しっかりしていそうな、冷たくて優しい目の悪魔かな」
「ああ、その通りです」
人間の目にもそう映るんだな。僕はまた自信を無くす。
「その悪魔は僕のことを何か言っていた?」
「えっと、自分に似ているけど頼りなげで、ちょっとぼんやりした……」
「いや、そういうことではなく。僕に何か伝えて欲しいとか頼まれたりしなかった?」
「僕にあなたの門に入れてもらえと言っていました。僕には何のことかわからないんですが……」
何を考えているんだ。人間はカドの中に入ったら身体を失って魂だけになるぞ。そんなこと、あいつも良く知っているはずだ。
「絶対にだめだ」
僕は静かに、でもはっきりと言った。
「えっ、僕は別にあなたが、いえ、神様が嫌なら無理に入ろうなんて思ってないです」
マツリくんが小刻みに顔を横に震わせて言った。
「ごめん、怒ってるんじゃないんだ。ただ君を僕の門に入れるのは、その、危ないから。 それに目的は? 何か聞いてる?」
「『楽しいぞ、空を飛んで色んな世界に行ける』と言われました」
「馬鹿っ!」
思わず大きな声を上げてしまう。
「えっ。あの、本当にごめんなさい」
マツリくんが悪いわけじゃない。
「あ、僕こそごめん。大きな声を出したりして。君に言ってるんじゃないんだ。その悪魔のことだよ」
「……神様と悪魔って、仲が良いんですか、悪いんですか?」
「僕とその悪魔の関係はちょっと特殊だけど、一般的に仲は良いよ、当然。悪魔は不思議なくらい神様に心酔しているし、僕らは悪魔に憧れてる」
「何か、そういうの良いですね」
マツリくんが目を細める。