シロキさん
月がざわめき秋の暗闇に色んな感覚が散らばって、僕はハッとして空を見上げた。
月の神様、銀色の狐、血、ガジエア、そして黒い着物の悪魔の景色が鏡の破片に映って空中に舞った。行かなきゃ。僕は感覚を追って山を駆け上がった。
最初に目に入ったのはガジエアを握ったナイトの姿だった。僕は一瞬身体が麻痺したように動けなかった。
――ここで、何やっているんだ。
ガジエアを持ったナイトの前に、瞼から血を流している銀色の大狐がいて、月の神様がその血を止めようとすがりついていた。僕はそれを見てカドを思い出し、速度を上げる鼓動に耐えて、小声でつぶやいた。
「ナイト、お前、何そんなところに突っ立てるんだ。勘違いされるぞ。消されても知らないからな」
使いを見るに、修復はできそうだ。まずナイトに事情を聞こう。月の神様が割り込んでくる前に「君はここにいて」と声をかけ、顔が触れるくらいナイトに近づく。
「シロキ、久しぶりだな」
ナイトがひんやりと通る声で言った。
「お前、何やってるんだよ」
僕の言葉にナイトの長いまつ毛の下の目が少し悲しそうに揺らいだ。
「挨拶もなしかよ、冷たいな。カドは元気か? 会わせろよ」
そうだ、カドはこいつが大好きだった。僕に似ているのに僕より背が高くて、頼もしくて、僕みたく直ぐに動揺したりしないこいつが。「ナイトはシロキさんを完璧にした感じ」とカドが言った時は数日引きずった。
「急に現れて、何勝手なこと言ってるんだ……機会をみて会わせるよ」
「頼む。お前の所有物みたくなってるけど、あいつの半分は俺みたいなものだろ」
「わかってるよ」
僕は息が苦しくなって、少しナイトから離れた。
「動揺するなよ、相変わらずわかりやすいな」
「それより、なんでお前がガジエアを持ってるんだよ。 月の神様の使いに何があった?」
僕はナイトの顔を見上げた。
「お前ともっと話していたいんだが、今はあんまり時間がないんだ。勝手に見ろよ」
ナイトが言い終わらないうちに僕は彼の頭に手を伸ばし、更に自分の方へ近づけた。彼の顔を覗き鏡になる。僕がここに来る少し前の情景が映り、僕の中に久しぶりに怒りの感情が湧く。
「わかったか? だったらちょっと離れろ」
「ごめん。なんかとても嫌な気分だ」
僕が近づきすぎたせいで、しまいそびれた鞘もないガジエアを、上手く自分の着物で隠すナイトの顔にも嫌悪が浮かんでいた。
「だろ? なあ、次の鏡の祭りの初日にまた会えないか?」
「え? うん、わかった」
「じゃあ、今はもう行くな。そうだ、あの月の神様の使い……その、俺のが必要なら……」
言い淀むナイトに僕はきっぱり言った。
「いや、大丈夫。ありがとう」
「そうだよな。シロキ、成長したな」
ナイトが去り際に一度だけ、大きな手で僕の頭を優しく撫でた。懐かしい。思わずその手を握ってしまいそうになるのをどうにか抑えた。
ナイトの残り香にぼんやりしていたが、月の神様の気配を感じ、振り返る。
「君、大丈夫?」
思わず声をかけた。
月の神様の怯えた目、記憶の中のカドみたいだ。童顔で、寂しさを隠そうとしている様子がとても放っておけない。
「僕のお兄さんになって下さい」
月の神様が突然僕に抱きついてきて言った。
急な事に驚いたが、こんなにかわいい神様のお願いを断れるわけがない。
「月の神様のお兄さんか、光栄だな」
僕はその子の手を取った。