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第30話 理由

エンド



「ひどいな、せっかく身体をあげたのに、どうして僕の悪口ばかり言うの」


 声が変わった? 抱いていたカドの体温が明らかに変化して、俺はその身体を引き離した。同時にカドだったものがこちらを向き、突然、俺の顔を両手で包んだ。


「やっぱりかっこいいや。カドが夢中になるのもわかるよ」


 何なんだ、顔に触れる指や俺を見る目がカドと同じものなのに、捕らわれるような色気を発している。初めて会う悪魔の唇に平気で細い指を押し当て、視線を絡めてきて離してくれない。カドの本体の神様か。カドはどこに行った?


「シロキさん!」


 カドだった身体が起き上がると、ルキルくんが、その胸に顔を埋めた。


「ルキルくん、約束を守れなくてごめんね。会いたかったよ。ファミド、おいで」


 ファミドが礼儀正しく座り、カドだった顔に鼻を寄せて挨拶をする。


「シロキさん、魂は再成できましたか?」


「うーん、もうちょっとだね。でも少しの間ならカドと入れ替われるほどに回復しているよ」


 その神様は片手でルキルくんをしっかり受け止めながら、もう片方の手でファミドをくしゃくしゃ撫でている。涼し気な柔らかい視線を送りながら。


「ルキルくんとエンドさん……って呼んでいいよね。僕も伝えたいことがあるんだ」


 そう言って神様――シロキさんが乱暴に地面に腰を下ろした。ルキルくんの言う通り、粗雑な動作すら優雅に見える。カドの話だけを信じていたら完全に残念な神様と思いこんでいた。あいつの目の方がおかしい。


「エンドさん、僕、カドの目を通して世界をずっと一緒に見ていたんだ。カドがいつもあなたばかり見ているものだから、初めて会った気がしないな。というかあなたばかり見過ぎだよ。今までずっと僕のことだけ映してくれていたのに……」


「シロキさん、落ち着いて。エンドさんと張り合ってどうするんですか」


 ルキルくんがたしなめる。


「鏡の神様、カドは今どこにいるんだ」


 俺はさっきから気になって仕方ないこと聞いた。


「シロキさんって呼んで。カドは僕の中で休息しているだけだから大丈夫。あなたは寝ても覚めてもカドの心配ばかりだな。この子の心配は僕の務めだったのに……いや、ごめん。僕は本当に神様のくせにすぐむきなるから駄目なんだ」


 この神様、こんなに素直に心の内を話ているるけど、本当の姿だろうか。


 身体も心も直ぐそこにあって、触れることも出来るのに、絶対にその中には入ることができない鏡の中にいるようで、本心がつかめない。


「僕、あまり時間がないから、記憶をこの身体に置いていくよ。ルキルくんもエンドさんも読み取れるよね」


 シロキさんの言葉にルキルくんが無理やり笑顔を作る。


「わかりました。シロキさん、僕、待っています。カドさんにはエンドさんがいるし、安心して再成して帰ってきて……あ、ごめんなさい」


 シロキさんが下を向いてしまった。俺は孤独な再成の過程にいるシロキさんに酷いことをしているのではないか。


「シロキさん、俺はシロキさんがカドの居場所だとわかって良かった。勘違いしているかも知れないけど、もし俺がカドをあなたから……」


 シロキさんが初めて俺に笑いかけた。


「僕から奪おうなんて思ってないのはわかってる。エンドさん、本当はすごく感謝してるんだ、あの子を守ってくれてありがとう。僕はあの子がいないと駄目だから。僕が戻るまで、いや戻ってからも、あの子を支えてあげて」


 シロキさんが俺にもたれかかり、右肩に顔を乗せた。首筋から柔らかい香りがして緊張する。カドからこんな匂いはしなかった。それが午後の風に吹かれて消えしまうと、胸の中の身体がカドに戻った。


「カドさん、寝てますね。起こすのが可哀想ですからこのまま記憶を読みましょうか。あの、僕は触れなくても近くにいれば記憶を読めます」


 ルキルくんが気を遣ってくれる。俺はカドの額にそっと手を置いた。

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