翌日の夕方、うっすら白い雪の積もる岬で、太陽が急ぎ足で反対側の山に消えるのを見ながら、俺はシロキさんのことが心配でたまらなかった。夜が来そうで来ないこの時間の独特な空気が余計に不安を募らせる。大粒の雪も降ってきた。
シロキさんが鏡の祭りに出かけてから三時間もたっただろうか。
――シロキさん、早く戻って来て。
しばらくして、ザッザッと雪をかきながら走る複数の足音が聞こえた。始めに見えたのは人間の少年と手をつないでこっちに向かってくるシロキさんだった。
人間と仲良くなって、はしゃいで手を引いているのではないことは直ぐに分かった。
固い表情で白くなるほど少年の手を握っている。手を引かれている少年はといえば、足を絡ませヨタヨタこそしているが、表情はシロキさんより落ち着いているように見える。
「シロキさん、何やってるんだ。その子、誰だよ」
俺が声をかけた、次の瞬間、二人の後ろに黒い影が三つ顔を現した。いや、正確には顔はなかった。かろうじて人型とわかる影の中で、細かな白色の光が流れるように瞬いている。
……幽霊? シロキさん、そいつらに追われているのか?
さらにその後ろから黒い着物を着た悪魔が現れた。
え……あいつ何でここにいるんだ。それは俺も良く知っている悪魔だった。
手前からシロキさんと人間の少年、顔のない三体の幽霊、俺の知る悪魔。突然目の前に現れた光景に俺はさっぱり理解が追いつかなかった。
「カド、この子をお願い」
シロキさんが俺まであと数歩のところで少年の手を離し、俺の方へ突き出した。
「お願いって、鏡の中に入れろってこと? 無理だよ、出来ない」
俺はきっぱり断った。人間は俺の鏡の空間で、魂の状態でしか存在できない。実態ごと中に入ったりしたら身体が溶けて蒸発してしまう。
シロキさんだって良く知ってるだろう。シロキさんの頼みでも無理だ。
「魂だけでも助けてあげたいんだ、お願いだから言うことを聞いて」
少年が俺をすがるような目で見ていた。透明の俺の姿が見えてるのか?
「こんなことさせてごめん。お前は悪くないから、この子の魂を救って」
良くわからないが、シロキさんの懇願の圧に耐えられなくなって、俺は少年の目の前の鏡を液体化した。本当に嫌だ――。
「……入れよ」
自分の声が震えている。やだ、シロキさん、止めさせて。
この子は俺の中に入ると身体が無くなってしまうことを知らないんだ。俺はとんでもないことをしている。少年は水銀のように垂れて歪む鏡に触れると俺の中に入ってきた。
俺は一分にも満たない時間、その子のほっとしたような無邪気な表情を映した。この顔をずっと鏡の中に記憶しておこうと思った。
そしてその子は瞬く間に魂だけになった。
「……何だ? この魂」