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第22話 鏡の使い

カド



 ルキルくんの印象が少年から神様に変わったように思った。嘘が許されない目で俺を真っすぐ見ている。


 一番気温が上がる時間の晴れた空の下で、さっきから震えが止まらない。俺の肩をエンドが抱き止めてくれている。俺の? シロキさんの身体をと言うべきか。


「ごめん、俺も止めてくれって言ったのにシロキさんが……」


 (――僕の身体をあげる)


 シロキさんの声が頭の中で揺らぐ。


「思い出したのか?  無理するなよ」


 エンドが俺の耳元で優しく囁いた。

 ルキルくんも少年の表情に戻って微笑んでいる。


「安心して下さい。別にカドさんがシロキさんの身体を奪ったとか、そんなこと思ってません。どうせシロキさんが無理やりあなたにあげちゃたんですよね。カドさんがこうして存在しているってことは、本体のシロキさんもどこかにいるはずです。どこに行ったか心当たりは?」


「俺もわからないんだ。ごめん、今はシロキさんがルキルくんのことを俺に聞かせている時の顔ばっかり思い出す」


「カドさん、思い出せるところから教えて下さい。僕、本当は昨日の夜からカドさんとエンドさんが見えていました。カドさんが月を見上げる度に、ああ、僕の思っていた通りの、鏡の門に閉じ込められた、悲しくて、優しい使いのカドさんだって嬉しかった。ねえ、カドさん、シロキさんは僕のこと、何て言っていましたか」


 俺は最初に思い出したシロキさんの感覚から話し始めた。


 ――あの時の俺の姿は、確か、鏡の立方体だった。


♢♢♢


 あの夜、月が高く昇ってからシロキさんは帰ってきた。


 外からは透明の正六面体という状態で待っていた俺の中に入るなり、シロキさんは鏡の床に顔と身体を付けて横になった。


「シロキさん、疲れたの?」


「あ、遅くなってごめん」


 シロキさんは聞き上手な神様なのに、俺の話だけは時々全く聞いていない。鏡越しに感じるシロキさんの鼓動と呼吸が早かった。


「何かあったの?」


「お前は冷たくて気持ちいいな」


 俺に触るシロキさんを見ながら、あ、今日は会話にならないか、と思った。


「そうなんだ、さっき月の神様に会った」


 ――何だちゃんと聞いていたのか。


 寝転がったまま頬杖をついたシロキさんに、俺は興奮気味に聞いた。


「本当? すごいじゃないか、どんな神様だった?」


 太古の月の神様、人見知りで滅多に姿を見せないと言われている。


「かわいかった。あんなにかわいい男の子初めて見たよ。使いは銀色の大きな狐で、これもふわふわしていてかわいいんだ」


 かわいいを連発するシロキさんを見て、俺は少し心配になった。シロキさんは天然なところがあるから、誉め言葉だと思って失礼なことを言っていないだろうか。今だって、自分よりずっと位の高い神様を男の子と呼んでいたし。


「神様の名前を聞いた?」


「ルキルくん、使いはファミド」


 ああ、やっぱり「くん」呼びしている。使いの狐を「ちゃん」呼ばわりしなかったのはシロキさんにしては上出来だ。


「ルキルくん、僕にお兄さんになって欲しいんだって。本当にかわいいよね」


 シロキさんが嬉しそうに言った。


「そう、なんだ……」


「カド、妬いてるの?」


 いや、違う。月の神様は正気だろうか。シロキさんがお兄さんなんて、振り回してくださいとお願いしているようなものだ。


 確かに俺の知っている神様は、シロキさんを筆頭にみんな抜けているところがある。むしろ俺たち使いの方が保護者的な役割だ。


 神様は自分達が永遠なのを知っているから余裕を持て余してこんな風になるのか。


「変わった神様なんだな。それで、かわいい神様にお兄さんになって、と言われただけでヘトヘトで帰ってくるほど疲れたの? シロキさんは繊細だな」


 からかったつもりだが、シロキさんは涼し気な、柔らかい目元を伏せて考え込む表情になる。


「懐かしい人に会って……その人がガジエアを持っていたから動揺しちゃったんだ」


 ガジエア、神様を殺す剣だ。俺はシロキさんが心配になり、身体の隅々を映した。傷はないようだ。


「大丈夫だよ、恥ずかしいからあんまり映さないで」 


 全然恥ずかしくなさそうにシロキさんが言った。


「お前が心配だったけど、僕が何も感じないから無事だとわかってた。それでも確かめたくて急いで戻ってきちゃったよ。安心してぼんやりしてた」


 そう言ってまた鏡に顔をつける。ぼんやりしているのはいつもの事じゃないか。それよりも、


「何でガジエアが人間の世界にあるの? 持ってた奴って誰? 月の神様は大丈夫なの?」


「――ガジエアがどうしてここにあるのかは、まだはっきりわからないな。持っていたのは悪魔だったよ。月の神様の使いが怪我をした。少し傷は残ると思うけど大丈夫。お前は心配症だな、安心して僕に任せて」


「悪魔が何で人間の世界にいるの?」


「わかったら教えるよ」


 シロキさんは俺に頬をぺったりつけたまま目を閉じる。仕方ないな、シロキさんには全然任せておけないし、俺に隠しごとがあるのは見え見えだけれど、今は休息させてやろう。


 シロキさんの身体はまだ火照っていて、鼓動もいつもより早い。


 冷たくしてあげよう、温めてあげることができないから。


 俺の大切な神様。


「お前は冷たくで気持ちいいな」


シロキさんが揺れる声で静かに言った。

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