あの夜は、いきなり抱きついてお兄さんになって欲しい、なんてお願いをして、嫌われたんじゃないかと一瞬すごく後悔したんです。でもシロキさんは僕を見てこう言ってくれました。
「月の神様のお兄さんか、光栄だな」
それから僕の肩に両手を置いて、
「僕は鏡の神様、シロキさんって呼ばれてる。君の使いの治療をしながら話そう。頑張っても傷は残ってしまいそうだね。ガジエアでついたものだから、使いの身体では完全には治せないかも知れない」
それから興奮気味の僕の自己紹介にいちいち感想を言いながら、シロキさんはファミドの傷を癒してくれました。
ファミドは尻尾を静かに振ってされるがままです。僕、本当は誰かと話していないとファミドがかわいそうで、おかしくなりそうでした。シロキさんはそれをわかっていたのかも知れません。
大人なシロキさんは治療も上手いんです。
何か変ですよね。僕の方がずっと年上なのに。
僕は太古の神様なんて呼ばれていて、かなり昔から存在してるんです。
鏡の神様は僕よりずっと後に作成されました。作成された当時、極楽は奇跡の神様が出来たって大騒ぎでした。直ぐに重要な役割を与えられたりして羨ましかったです。
僕は以前から空を見上げては鏡の神様を思い描いていました。鏡の神様はいったい僕をどう映すんだろう。きっと近くで見てもきれいな神様に違いない。奇跡の神様には何が欠けているんだろうって想像するんです。
本物のシロキさんに会って真っすぐ見つめられた時は少し息をするのを忘れました。曇りのない白目に黒い満月みたいな瞳が浮いていて、優しく僕を映しているんです。治療が終わるとシロキさんはこう言いました。
「僕、自分の門に戻らないといけない。君は明日もここにいる? 会いに来ても構わないかな」
シロキさんが僕に会いに来てくれるの?
どうやってまた会いたいと伝えようかと考えていた僕は、ドキドキし過ぎて小さな声になってしまいましたが、やっとの思いで言いました。
「はい、明日もここにいます。ずっと待ってます」
シロキさんが一瞬悲しい顔をしたような気がしましたが、直ぐに魁星のような笑顔で頷いてくれました。
嬉しい事に次の日の昼間、シロキさんが会いに来てくれました。
「ファミドの傷はどう?」
あの耳元で揺らぐような音で声をかけらました。モジモジしていると、何を勘違いしたのかシロキさんは僕の両肩を掴んで、心配そうに顔を寄せてきました。
「ルキルくん、どうしたの。何か怖いことでもあった? まさかまた誰かに襲われたの?」
僕は至近距離にどぎまぎしながら、
「いいえ、ファミドは元気ですし、僕も危ない目になんてあっていません。ただ、あんまり嬉しくて言葉が出なくて……」
と白状しました。
「僕なんかと会うのを楽しみにしてくれていたの。君は本当にかわいいね」