大小石だらけの岩場を良く転ばず尖端まで走り切った。やっと湿った岩とわずかな砂が混在する平坦な場所に辿りついた。
あと数秒、この勢いのまま駆ければ岩の門だ。
あの門、炎の地獄にある岩と同じ種類の石でできているのか。白く、光に細かく反射するあの石、なんだか懐かしい。ほっとしている状況ではないが。それよりカドの傷だらけの足、あれで海水に入ったら沁みるだろう。
俺は無意識に走るカドを片手で引き留め、そのまま胸の中に抱き上げた。
「何するんだ! 止めるなよ」
カドが驚いてじたばたしている。
「危ないな、暴れるなよ、落としてしまう。止めないよ、門を抜けて海に入る」
俺はカドを抱いたまま、岩の門に向かった。
「え?」
カドが訳が分からないという顔で声を出した。
俺が海水に浸って消える前にどこか岩場にこいつを下ろしてやれるだろか。 俺は本当に何をしているんだろう。
「ほとんどお前のせいだが気にするな」
そう言って門を抜けた。地面が消え、海に向かって落下していく。
正直、落ちるのは怖くない。海の感触はどんなだろう。
海面に触れると思ったその少し手前で、何か柔らかいものにぶつかった。それから滑り落ちそうになり、慌てて柔らかいものの一部につかまる。何とかカドを落とさずにすんだ。
「え? え?」
腕の中のカドはさっきから馬鹿みたく「え」の一文字を繰り返している。顔を上げると目の前にびっくりするほど大きな狐の顔があった。
「え?」
俺も声を上げる。大狐は丁度、俺たちの無事を確かめるように後ろを振り返ったところで、直ぐに前を向いた。
――この狐、浮いているのか?
俺は改めて周囲を見回す。今、俺たちは海面から2メートルほどの高さに浮く巨大な狐の毛束にしがみついている。
と、その時、狐が海に飛び込んだ。俺は慌ててカドごと狐の背中に乗り上がり体制を整える。
「神様の狐だよな」
カドが俺の思っていたことを口にした。
神様の連れている狐が、偶然崖の下に浮いていたのだろか。そんなことがあるのか。
あの高さから落ちてきた俺たちの衝撃を吸収して、全く動じないどころか、元気いっぱいに泳ぎ始めた。
「とにかく助かった。どこに行くのか知らないが、こいつに任せよう」
俺は狐の毛皮をしっかりつかんだ。銀色の美しい毛皮だ。
狐が掻き分ける水面を見て、ふと触れてみたくなる。身体を傾けてそっと手をつけると、心地良い冷たさが指先から心臓にまで伝たわった。
「おい、お前、なに自分から触ってるんだよ!」
カドが慌てて俺の腕を引き上げようとする。
「あ、つい……」
俺が言い終わらないうちに水面の方が指先から遠のき、狐が水を振り払う大きな音を立てて陸に上がった。