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第11話 間欠泉


 周囲は完全に朝日に輝き、俺たちは右手に海、左手に赤と白の花が咲く山の間を、神様の現れるという岬に向かっていた。


 遠く離れているように見えた岩の門が、早朝から歩き始めたせいで、はっきりと見える所まで来ていた。


「昨日のより背の高い木が生えてるよ。かわいい花も咲いてる。見てこよう」


 また新しい植物を見つけたカドが山側に向かって走り出した。


 早く狐を連れた神様に会いたいのかと思えば、寄り道をしたがったり、きっとどちらもなんだろう。俺も同じだ。


 炎の地獄には背の低い草しかないから、カドが興味を示してくれるなら俺も木や花を近くで見たり嗅いだり触ったりしたい。


 カドの背より少し大きいその木は一帯に立ち並び、下を向いた小さな鈴のような花を咲かせていた。


「確かにかわいいな」


 花弁の基部が白で先端が淡い紅色のその花は触ると柔らかく、甘い匂いがした。


「俺たちの探している神様もかわいいって、シスさんが言ってたよな。この花みたいな子かな」


「『子』って、姿が幼いだけで神様だぞ」


 神様がこいつより子どもっぽかったら困るな。 


 カドが花の間から急に真剣な目を覗かせて尋ねる。


「エンドは俺の正体が何だったら嬉しい?」


 昨日の朝までは、正体がわかったらその時考えよう、などと思っていたが、知るのが怖いのだと自分でも薄々勘づいていた。


 こいつが何であれば、ずっと守ってあげられるんだろう。正体は何でもいい、守れるものであったらいい。俺が答える前にカドが口を開いた。


「俺はね、神様だったらどの世界にも移動できるから、必ず炎の地獄に行く。悪魔だったら、炎の悪魔が一番いいけど、違う地獄の悪魔でも必ず炎の地獄を訪れる。人間だったら、罪を犯して炎の地獄に送られる。何であっても絶対に会いに行くから俺をずっと……」


 カドの言葉が重い地鳴りの音にかき消された。


 地震? 顔を上げると山側の方から熱い空気を感じた。炎の発する乾燥した熱さではなく、湿気をはらんだ熱さ。


「エンド、水の地獄には動く間欠泉があるって、シスさんが言ってたよな」


 カドがそう言い終えた瞬間、花の咲く木々の向こう側に、轟音と共に大木を超える高さの水の柱が噴き出した。


 いつの間にカドが俺の前に立っていた。


「あれが動く間欠泉か」


 そして間欠泉から目をそらさずに、後ろに立つ俺にはっきりとした口調で指示した。


「俺から離れないで」


 この台詞は何度も聞いたことがある。カドが独りを怖がって呟く台詞。今は真逆の意味だが。


 カドが後ろ手に俺の手首を掴む。こいつ、こんなに力が強かったのか。


 間欠泉は、定期的に重たい音と共に、熱く白い水しぶきを空中から地面に叩きつけ移動している。一回の噴射ごとにどれだけ進むんだろう。


 あれに飲み込まれたら俺は消えて、カドも死ぬと思う。いつまでも眺めているわけにはいかない。


 逃げるぞ、とカドに声をかけようとして思い直した。


「カド、あれ、動くものに反応するって話だったよな」


 カドの手を掴み替え、こちらを向かせて強く言った。


「お前、ここにいろ。俺が走って水の柱をできるだけ引き離すから。俺が見えなくなったら独りで逃げろ」


 消える時、どんなことになるのかはわからないが、完全に消滅する前に、魂のほんの一部だけでもカドの中に移動できないだろうか。


 消えても守ってあげられるように。それなら消えるのも悪くない。そう思った瞬間、ものすごい力で再度、腕を掴み返された。


「海の方へ走ろう」


 カドがきっぱり言った。


「海の方へ逃げてどうするんだ」


 徐々に近づいてくる間欠泉を見ながら尋ねた。


「神様の来る岬にあった岩の門を抜ける。近くまで来てたなんて、運が良かった、助かった」


 運が良かった? 確かに門の形をした岩の近くではあるが、助かったとはどういうことだ。門を抜ければ海に落ちるし、落ちなくても間欠泉と海に挟まれるだけだ。


「あの岩の門の先は海だったよな」


 カドが初めて俺を守る側に回って頭がおかしくなったのかと思い確認した。


「ああ、海だったな。あと何回かの噴出で間欠泉がここまで来そうだ。ああ、この木たちがかわいそうだ」


 不意にざわりと風が鈴のような花を揺らした。


 水圧に吹き飛ばされるであろう木も花もかわいそうだが、海に落とされる俺もかわいそうだ。まあ、昨晩いた場所よりずっと低いあの崖からなら、カドが落ちても助かりそうなのが唯一の救いだ。


「時間がないから行くぞ。気をつけろよ」


 言い終わらないうちにカドは俺の手を握ったまま、海の方へ走りだしていた。


 こいつもしかして、間欠泉の熱湯で俺が消えるのが苦しくてかわいそうだとでも思っているのか。


 それなら海の心地よい温度の水に飛び込み、ひとおもいに消えたほうが楽だろう、なんて考えているのではないだろうか。


 正直どっちも変らない。何なら山の方が助かる可能性があるのに何故完全に消える方を選択するんだ。やっぱりこいつに恰好をつけさせてはいけない。


「おい、お前、落ち着け。山のほうがましだろ」


 カドは止まらない。


「いいや、岩の門が正解なんだ」


 もう駄目だな、こいつきっと走り出した手前、後に引けなくなっている。岩の門がある崖に向かって加速して行く。


「ほら、お前、足がそんなに擦り剝けて。血が出てるぞ」


 どうやって止めたらいいのか、俺も焦りのあまり、かえって場違いに落ち着いたことを口にしてしまう。


「……シロキさんの……だ……俺だって……じなの……」


 後ろで響く間欠泉の轟音で良く聞こえない。


「何て言ったんだ?」


「とにかく俺を信じて!」


 カドが俺の手に力を込め、大声で言った。もういい、どうせ後ろには戻れない。


「信じるよ」

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