あの時、五分後に全て消したはずの炎を、一つ消し忘れたのだろうか……。何時間、目を閉じて波の音を聞いていただろう。瞼の外に明かりを感じ、目を開くと球体の炎が青紫色の空をその周囲にだけ朱を引き連れ、水面近くに力強く浮いていた。
……朝か。それが太陽と気がつくまで少し時間がかかった。太陽は海に線を引くように真っすぐな光を放ち、身体で感じられる早さで上昇していた。
「カド、太陽がきれいだ、見てるか?」
海の方に視線を向けたまま周囲に手を伸ばすが、温かいものに触れない。
俺は急に不安になり立ち上がった。崖の先端に近い場所で、海を背に遠くの山の方を見ながら一人で立つカドの姿が見えた。
良かった――。風に乱れる髪と着物の裾が踊ってきれいだが、あいつ、足元が危ないぞ。
俺は崖の方へと歩き出した。
驚かせないよう、何歩も手前から静かに声をかけようとした時、
「月がかわいそうだ」
カドの声が岩に当たる波と同化して聞こえた。
ざわっと空気が揺らいだ。
カドの視線の先を追うと、白く顔色を失いながら、朝に呑まれていく月が浮かんでいた。
「こっちは危ないよ、下は海なんだから」
月に気を取られていると、またカドの声がした。その目はもう空ではなく俺に向けられている。
感情のない表情が美しくて、ぞくりとした。 知らない顔だ。
「お前、誰だ?」
風がまたカドの髪を乱して顔を隠す。
「え? エンド、寝ないくせに寝ぼけてるの?」
髪を手で押さえながらこちらに歩いてくるのはいつものカドだ。
一体どうなってる? 誰が乗り移っていたんだ――。