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第10話

 研究室に戻ったドルフはデータを確認する訳もでもなく、ただ座ってぼーっとしながら、時々椅子を回転させていた。一緒に戻ってきたエアルが入れてくれたコーヒーには、まだ一口もつけてはいない。


「あの、ドルフさん?」

「なんだ?」

「実験、失敗だったんですよね?」

「まあ、そうだな」


 そこでまた沈黙が広がった。

 実験は半分成功、半分失敗だ。防弾チョッキ替わり、家くらいの大きさまでくらいなら改良をすれば実用化はできるだろう。


 しかし対戦闘、防空などの広域範囲となると話しは別だった。細かくシールドを張れば可能かもしれないが、強度の問題がある。大きさに比例した強度を何重にしたところで、ミサイルの威力には叶わない計算だ。


 ただ大きさに比例した強度のあるシールドを作れることはできるが、作れないのだ。ドルフには絶対に作れない。


「ドルフさん?」

「大丈夫だ。ただ防衛での実用化は無理だと分かった」

「え? そうなんですか?」

「そうなんです。さて! 上に報告書でも書くとするか。俺は研究室に籠るから、エアルは好きにしていてくれ」

「分かりました。じゃあお昼を作って持ってきますね」

「いつもありがとう」


 女神の微笑みを浮かべたエアルが、背を向けて研究室から出ていこうとした時だった。ドルフは立ち上がり、後ろから抱きしめる形でエアルの動きを止めた。


「え? あ、あ、、あのドドド、ドルフさん?」

「なあ、結婚しようエアル」

「え? な、な、ど、ど、どうしたんですか?」

「どうもこうもしないが? そう言えばちゃんと言ってなかったな。好きだ。愛しているエアル」


 真っ白い肌が、薄紅色に染まっている。うん。もう嫁にしたほうがいい。俺のためにも、エアルのためにも。

 エアルを自分のほうに向かせると、潤んだアースアイの中にドルフが映っている。可愛いな。全体的に白いのに、唇だけはやけに赤くてエロくて美味しそうに見えた。


 ドルフはそこに自分の唇を重ねた……つもりだったが、バッチーーン! という乾いた音と同時に頬に痛みが走った。


「え?」


「あ、え、っと……その、うぅ……きゅ、急に破廉恥ですぅーー!」とエアルは研究室から走って出て行った。


「え? 破廉恥? え? 俺、振られた? え?」


 事態が把握できないドルフは、そのまましばらく立ちすくんでいた。





 研究室のソファに座って意気消沈している所に、室井がやってきた。


「ドルフ教授。シールドの実験、短かったけど起動したそうじゃないですか」

「ああ」

「嬉しそうじゃないですね」

「ああ」

「エアルが半泣きで、医務室に駆け込んできたんだけど」

「——うぅ」

「はあーー大筋の話しは聞きました。愛の告白と結婚しようって言ったんですってね」

「まあ」

「急ですね」


 室井はそのまま黙り込んでいる。何かを察しているのだろう。ドルフは腹を決めた。


「俺もエアルの事は愛している。男のケジメだ」

「それは当たり前です。あんあ女神で天使な子を、よくずっと放置したままだったのにビックリです。すごーーくモテるんだからエアルは」


 そうだろうなあ。そんな噂は、施設にいれば嫌でも耳には入ってきた。見た目だけじゃなく、心も綺麗なんだ。モテて当たり前だ。それでも他に靡くことなく、自分の傍にいてくれた。だから、自分が守らなければならない。本当ならもっと早くに行動すべきだったのだ。


「分かっている。だから」

「だから自分の妻にする事で、エアルをこの国のための供物にならないように予防線を張った。そうでしょ?」

「——やっぱりお見通しか」

「私は最初から関わっているから何となくでしたけど、今日の一連の出来事とエアルの話しで確信しただけです」


 国防に関わるシールドを作る事はできる。それはエアル自身の身体を使えばだ。だからドルフにはシールドを完成させる事は絶対にできない。


「でも、いくらドルフ教授の妻という立場があっても、事情を知った国がほうっておくと思います? たった一人の犠牲で国が守られるなら、国は絶対に放ってはおかないわよ」


 分かっている。国は何千万という国民を救うなら、一人の女性の命なんて簡単に奪う。でも国のとっては必要な犠牲でも、ドルフにとってはたった一つの命で、この世界でたった一人の大事な女性だ。


「クソッ!」


 ドルフが目の前にある机を蹴り上げた。


「一つだけ、方法があるじゃない」


 室井の真っ直ぐな目が、ドルフとかち合う。まさか、こいつ。いや、それは。室井が何のことを言っているのか直ぐに分かった。


「クローンは倫理的にも国際的にも禁止されている」

「培養液で育てるだけにすればいいでしょ」


 案外に室井は残酷なことを言うが、研究者の端くれであるから非情な面は誰にでもあるものだ。


「——いや無理だ。例えエアルのクローンを作ったとしても、結果は同じなんだ。俺だって研究者だ。その想定も計算はしたさ。でも作り物では本当の力を発揮はできないんだ。紛い物はしょせん紛い物って事だ」


 多分、あまり時間はない。エアルを守るためにドルフはこの先どうするか、世界最高峰と言われる脳で考えてはいるが、いい方法が頭に浮かんでこなかった。

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