確かに笑い事じゃないけど、結構誰にでも簡単に使う言葉だ、何て言える状況でもなければ、エアルと自分たちとでは言葉の重みが違うなんて思いもしなかった。
だからしょうがない! 画面の向こうにいる室井の目が鋭く見えるのは、眼鏡と光のせいに違いないと思い込むことでしか平静を保てなかった。
「えっと、とにかくだな、エアルの事を頼んでもいいか? 管理棟で諸々の手続きがあるだろ?」
「ドルフ大井教授の結婚相手ですって私に報告しろと? お前、自分の立ち場が分かってんの?」
ヤバい。言葉使いがまだ直らない。これは相当怒っている。考えに考えを重ねたドルフは「週末一泊、五つ星ホテルスイートのリラックスプラン」と言った。
「——わかりました。日程が決まったら連絡するわ。じゃあ後でそっちに迎いに行くから」
「助かる。ありがとう」
通話を終え電話を切ると、エアルが目をキラキラさせてドルフを見ていた。
「仕組みはよく分かりませんが、魔法ではないんですよね。こんな魔法はないので、便利ですね!」
「そうか? 俺は魔法のほうが便利だと思うが」
確かに掃除ロボはあるが、隅々までというのはやはりできない。ましてや買ったばかりみたいには。
「さて、ここを好きに使ってくれ。しばらくしたら室井が迎えに来てくれるから、必要なものは相談して買えばいいから」
「ドルフさんは?」
「俺は明日の用意をしたいから研究室に籠るさ」
「夜は何時頃に帰ってきますか?」
「え? 帰らないけど?」
「え?」
「え?」
二人でしばらく見つめ合って、鏡をみているように同時に首を傾げた。
「ふふふふ」
「ふっ」
先に笑ったのはエアルで、ドルフもつられて笑った。
~~~~~
翌日、朝からエアルには精密検査を受けてもらい、魔法を使用している時の体内と周囲の変化を細かく記録し解析していく。
「うーーん」
「ドルフさん、何か分かりましたか?」
「エアルは俺たちと全く同じ体の構造をしているのは分かった」
エアルの体が人間そのものだった。ただ魔法を使うときだけ、体内の熱移動があり得ない動きをする。また足のつま先から頭の天辺までの熱移動が何パターンもあった。それは使う魔法によって異なる。
何より使用する際の熱が体内温度を遥かに超えているのだ。それなのに体に異変もなければ死ぬこともない。
そして魔法が発動された空間と体内から放出された熱が数秒つながっていた。ただどれもその核となる場所が二か所あった。
「よかったです。子供は三人くらい欲しいです」
「ん?」
「住んでいた世界が違いますし、種族というものがもしかして違っていたら子供ができないかもって心配だったので」
「俺は別に――そうだな。三人な。オッケーオッケー。でもエアルの魔法で俺が研究しているシールドに活かせることができるか、そこが解決してからな」
「分かっています」
ドルフは、気になっていた事をこの際だから聞いてみることにした。
「そのエアルは確かに真正の魔女の考えと俺の考えが同じで共有できるってだけで、いくら何でも会ったばかりの、それも違う世界の男の俺に、そんなに無警戒で結婚やら決めていいもんじゃないと思うんだが」
「それは」
怒られた子供みたいにシュンとしたエアルに罪悪感がこみ上げてきたが、これは大事な事だとエアルの返事を待った。
「その、あの」
顔を赤くしながら、もじもじしている姿に、可愛いな! くそっ! と心の中で悪態を付いていた。
「いや別に怒っている訳じゃないんだ。そのエアルの警戒のなさが心配でな」
「——れなんです」
「え? なんだって?」
「だから! ドルフさんに一目惚れだったんです! それに精霊たちもドルフさんを推しているので、悪い人じゃないのは分かる事ですし」
今、何て言った? 一目惚れとか言った、よな? 誰に? 俺に?! 思いがけない言葉に、自分の顔に熱が集まって赤くなっていると自覚できる。
確かに今まで、女性からはそれなりにモテてはいた。ハニートラップを省いてもだ。ただ女性たちには、ドルフの優秀な遺伝子や地位、思惑があっての好意がほとんどだった。
ドルフを落とそうと、マイナスAカップからFカップに変身を遂げたお偉いさんの娘もいた。もちろん逃げた。全力でドルフは逃げた。政治利用される可能性もあったが、何よりも偽物のおっぱいよりおっぱい自然派なのも理由の一つだ。
周りがそうだったためドルフは、女性は好きでも好きな女性を作ることはなかった。それをエアルは、曇りなく自分を好きだと一目惚れだという。こんなのズルくないか? 落ちるだろこんなの。ドルフは両手のひらで顔を覆って、椅子の上でうずくまった。