唇に固くてひんやりとした感触があった。
「ドルフ教授、いつまで床といちゃついているんですか?」
「む、室井さん。ひどくない? 俺はエアルに協力をお願いしただけなんだが」
「君の体が欲しいって、欲望駄々洩れの言葉なら聞きましたが?」
ん? とドルフは数秒前の事を思い返して、「あ」と声を上げた。
「すまない。気が急いでしまった」
はあーーと室井の呆れが混じったため息が聞こえてくる。
「分かってます。もう少し、考えてから発言してください。それとエアルにこの施設の説明もしないといけないでしょ? 私はこの後、別の仕事があるんで一緒にはいれないんです。分かりますか?」
安易にまた、馬鹿なことをいうなよと圧を感じた。
「分かってるって。ということでエアル。俺の研究室に案内するがてら、この施設を説明しようよ思うんだが、構わないか?」
「——」
エアルは、顔を真っ赤にして突っ立っている。おや? おやおや? もしかしてさっき自分が、エアルの体が欲しいって言って恥ずかしがってる? これは処女だな。絶対に処女確定じゃん! こういう初心な反応がいいをだよな。室井さんなら、汚物でも見るような目を向けてくるだろうし。
またくだらない事を考えているなと、室井から鋭い視線を感じだドルフは咳払いを一つした。
「エアル。大丈夫か? 嫌なら、室井さんの用事が終わるまで待っていてもいいが」
「あ、だ、大丈夫です。あんなにストレートに男性から言われた事がないので」
「そ、そうか。悪かった。今後は気を付ける。じゃあ付いてきてくれ」
「はい」
医務室がある管理棟とドルフの部屋がある研究棟は隣同志だが、案内を兼ねて他の棟と、ここがどういう場所かを説明する事にした。
「西暦二一五六年の日本という国だという事は説明をしたが、この施設の話しもしておく。ここは国家防衛に関する研究をしている場所なんだ。エアルの世界では戦争や自然災害はあったか?」
「はい。でも依頼があれば真正の魔女か純白の魔女が仲裁に入って戦いを治める事はありました。自然災害があった場合も、真正の魔女が先頭に立って人々を守っていました」
「いいな。簡単で。この世界ではそうはいかない。ミサイルを脅しや要求を飲ますためにミサイルを飛ばしてきたり、宗教の違いで簡単に攻撃をしたり、まあ色々と諍いが絶えないんだ。それにこの国が地震、それで起こる津波にがけ崩れ、そして異常気象で起こる水害。それらを防ぐために、俺はシールドを研究しているんだ。まあ、見てもらったほうが早い」
ドルフは、ここ十年以内にあった国内の災害や近隣諸国からの領空、領海侵犯。そして世界で起こっている戦争の様子をエアスクリーンに映しだした。
「――こ、んな。これがこの世界の武器なんですか?」
「エアルの国にはなかったか?」
「はい。大砲などはありましたが。それにこんなに災害」
言葉を詰まらせたエアルの目から、真珠のような涙がポタポタと落ちていた。
「な、泣いているのか? 怖かったか?」
「ち、違いす。胸が、苦しくて……私の世界ではこんなことはあり得ませんでした」
エアルの話しを聞く限り、真正の魔女とは心が綺麗な魔女の集まりなんだろう。非科学的な魔法で人々を守れる世界。科学兵器で人を簡単に殺して止められない戦争。エアルの世界の人間は幸せな人々だ。まあリリーという悪い魔女が現れたみたいだが。
ドルフは映像を消し、ポケットからハンカチを取り出してエアルに渡そうとした。
「あ」
出したハンカチはいつ入れた物か分からない、ぐちゃぐちゃになったものだった。
「それ」
「あーーすまない。ティッシュも持ってないから、拭くものがないんだ」
まさか女性の涙のためにハンカチを出すなんて思ってなかったしなあ。あ、そう言えば風呂にも入ってなから臭いかもしれん。
自分が臭くない嗅げる場所を確かめていると、手からハンカチが無くなった。
「え?」
「ありがとうございます」
そう言ってエアルは、ぐちゃぐちゃになっているハンカチを頬にあて、涙をぬぐった。
「う、うわあぁぁぁーーーー! バッチいから止めなさい! ポイ! ポイしなさい!」
テンパり過ぎて子供に言い聞かすみたいになっている。
「いえ。ドルフ様の気持ちが嬉しいので」
天使や、天使がおるとドルフ空を見上げて目を押さえた。
「ドフル様。どうかしましたか?」
「そうだな。そのドルフ様ってのは止めてくれないか? なんだかムズ痒くてな」
「ならドルフさん?」
「それで頼む」
そのまま案内を続け、突き当りある大きな建物の前まで歩いた。
「ここは俺が研究しているシールドの成果を試すための建物だ。まあ、最近はあまり使ってはいなんだがな」
「あのシールドとは、どんなものなんですか?」
「さっきエアルが見せてくれたような、防御システムの事だ」
エアルを研究すれば、何か手掛かりが掴めるとさっきお願いをしようとして、欲望が前に出て失敗したのを思い出す。ドルフはエアルに向き合い、白魚のような手を取った。
「君がこの世界の人間ではないのは理解した。魔女だというのも信用する。だからエアル。君の魔法、特に防御の力に関する研究をさせてくれないか?」
いつになくドルフは、真剣な顔と声でエアルに懇願した。