エアルの話しは続く。
「純白の魔女は、膨大な魔力を持ち合わせていますが、その力は人々の為だけに使い、自分の私利私欲の為に使う事はできません。その力故に、純白の魔女を引き継ぐときは、真正の魔女の中から慎重に選び出され、精霊たちの許しと祝福を得て初めて純白の魔女になれるんです。そうして純白の魔女になったのが、大魔女リリーでした」
エアルの話しが壮大過ぎて、ドルフはファンタジー映画のシナリオでも聞かれているのか、それもとイカれた女のこれまた壮大な妄想なのか。ただ彼女が急に現れた空間から現れたのは事実だった。
「純白の魔女リリーは、選ばれるだけあって人格者で人々に寄り添い、心優しい魔女で真正の魔女達からの信頼も厚かった。でも彼女は私利私欲に走ってしまったんです」
猫型ヘルススキャンロボを抱いていた腕に、力が入ったのが分かった。
「どうしてそんなに信頼が厚かったリリーが、私利私欲に走ったの?」
室井が腕を組んで質問を投げかけた。
「理に逆らったんです」
「理?」
「リリーが破った理は、命を命で繋ぐという一、二を競うほどの禁忌でした。リリーは知らぬ間に妊娠をして子供を産んだんです。相手の事は頑なに言わなかったので分からないままでしたが。でも純白の魔女が産み落とす子が女の子なら魔力量が期待できましたし、真正の魔女が増えます。だから他の真正の魔女たちは喜びました」
「ちょっといいか?」ドルフがストップをかけた。
「はい。なんでしょうか?」
「純白の魔女なんだろ? 妊娠するような事をしてもいいのか?」
「セックスですか? 別に禁忌ではありませんので」
ウッ! この見た目からセックスという単語の破壊力よ! それにそんなに恥ずかしげもなく言うのかよ! てか、セックスするんかい! 純白って言うから清らかで純潔は絶対順守かと思ったわ!
しかしこの見た目から出たセックスって、クルものがあるなーー背徳感がヤバい。
胸を押さえて悶えているドルフだったが、思い切り室井に頭を叩かれて我に返った。
「ドルフ教授」
「室井さん、もう一回聞きたい」
にっこりとした室井の笑顔が笑顔に見えず、ドルフは「すまない」と謝った。
「エアルの話しは何となく分かった。でもなあーー魔法とか俺たちには物語の世界の話しなんだ。何となく気が付いてはいると思うが、この世界に魔法なんて存在しない。科学って分かるかな? 簡単に言えばロボットやAIがある世界だ。魔法とは真反対なんだ。君が魔法使いなら、その魔法とやらを見せてくれ」
ここまで魔女と言うなら、見せてもらったほうが早い。まあ、本当に魔女であればだが。実際のところ、ドルフの考えは半々だった。
「そう、ですね。私もここは自分がいた場所とは違うと感じていました。なので、ここはどういった場所か教えてもらえませんか?」
「そうだな。ここは西暦二一五六年の日本という国だ。魔法は創作だけの話しだ。魔法の代わりに科学が発達していて、パーソナルデータや買い物はすべて、体に埋め込まれているチップでできるようになっている」
エアルが分からないといった顔で、首を傾げている。こればかりは説明では伝わらないだろう。
「後で案内をしよう。見たほうが早いだろうからな」
「分かりましたお願いします。ではドルフ様」
一瞬、周りに見回したあと「室井様。先ほどの鏡をお借りしますね」と、ベッドの上に置いたままの手鏡を、なぜかドルフに手渡してきた。
「ドルフ様。この手鏡を私に向かって投げてください」
白い手が手鏡をドルフの手にしっかりと握らせる。
あ、あ、なんかいい匂いがするし、近くで見たら白い睫毛はめちゃくちゃ長いし、目も吸い込まれそう……無意識にドルフの顔がエアルに近づく。
「あ、あの」
バチンっと、ドルフは室井に頭を叩かれた。
「ドルフ教授。何、キスをしようとしてるんですか」
「ち、違う! 目が綺麗だなあって」
「唇が、前に出てましたけど?」
「そ、そうか?」
本能って怖いなと、ドルフは姿勢を正した。
「すまなかったエアル。この手鏡を投げたらいいのか?」
エアルの顔が、真っ赤になっているのに気付いた。白いから赤くなると目立つ。男慣れをしてないって感じでいい! そんな事を考えていたら、また室井に頭を叩かれた。
「早く手を放しなさい。この馬鹿男」
「はい。すみません室井さん」
エアルはドルフから離れて、自分の立ち位置に戻った。
「では、投げてください」
言われた通りに、持っていた手鏡をエアルに向けて投げた。
「シルフィード」
突如、エアルとドルフたちの間に光る円が浮かび上がった。そして投げた手鏡は、円に引っ付いて落ちない。
「は? マジか?」
「——噓、でしょ」
ドルフは円に近寄って、まじまじと観察をした。円の中には文字が浮かんではいるが、見たこともない文字だった。
「触ってみてもいいか?」
「はい。大丈夫です」
人差し指を円に突っ込んでみるが、反発があって反対側に抜けることはない。
「ホログラムじゃないのか」
「これは簡単な防御魔法の内の一つになります」
「防御」
その言葉に、一気にドルフは研究者の顔に戻り、エアルの手を取った。
「君の体が欲しい!」
次の瞬間「こんのっ! 馬鹿男があぁぁーー!」の室井の叫びと共に、尻を思いっ切り蹴られてドルフは吹っ飛んだ。