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第3話

「な、なんだ?! 俺、打たれたんだが? ここに運んだの俺だぞ?」


 叩かれた事に混乱するドルフに、室井が冷ややか声を掛けてきた。


「目覚めた時に、見知らぬ男の顔が間近にあったら、誰でも同じ反応をするわよ」

「あ、そうか」


 目を覚ました侵入者は、ベッドの上で自分の身を守るように小さくなっている。


「ごめんなさいね。この馬鹿男が驚かせて。でも危害は加えないわ。私は室井静香。医師よ。それで、あなたを驚かせたこの馬鹿男はドルフ大井。こんなんだけど世界でも有名な天才なの。ちなみにあなたをここに運んでくれたのよ」


 何か、ドルフはところどころディスられる。馬鹿って二回も言われた! 両親にも言われた事がないぞ! と胸のうちでドルフは一人芝居をしていた。


 しかしそんなに悪い事はしない、とはずだ。でも怯える侵入者を見て、少し罪悪感が湧いてきた。


「今、紹介されたドルフ大井だ。驚かせてすまなかった。真っ白い君がどんな瞳をしているか、めちゃくちゃ気になってなってな」


 じくじく熱を持って痛む頬に手を当てながら、ドルフは頭を下げた。


「――真っ白い? 私が、ですか?」


 ドルフと室井は顔を見合わせて、お互い眉間に皺を寄せた。


「ええ。髪の毛も肌も真っ白だけど」


 室井がデスクからおもむろに手鏡を取り出し、侵入者に手渡した。おずおずと受け取った侵入者は、鏡に映った自分を見て「えっ?!」と驚いた声を上げた。


「どうかしたのか?」


 ドルフの質問に「これ、私、ですか?」と、綺麗なアースアイで真っ直ぐに見て聞いてきた。まさか、記憶喪失? と考えたのはドルフだけじゃなかった。室井と再び目が合ったからだ。


「そうよ。鏡に映っているのは、紛れもなくあなたよ」


 なんで、どいうこと? など、一人言が聞こえてくる。

 さてと、と、ドルフは肝心な事を聞くことにした。


「まずは、君の名前を聞いてもいいか?」

「私、ですか? そうです、よね。自己紹介をしてもらっていたのにすみません。わたしはエアル。エアル・テイラーです」

「エアル、と呼んでも?」

「はい」

「エアル、君に質問をする。正直に答えてくれ」

「は、はい」


 雰囲気が変わったドルフの問いかけに、エアルは緊張するよりも、子供もみたいに医務室の中をキョロキョロと見ていて落ち着きがない。


「君はどこかの国から送られてきたスパイか? それとハニートラップか?」

「え? あ、あの、もう一度お願いします」

「だからスパイか、ハニートラップかを聞いている」


 格好からしてスパイではないのは分かる。こんな目立つスパイがいてはたまらない。でもハニートラップかは分からない。今まで何人もの女性が近寄ってきた。それもしっかりとドルフの趣味嗜好を調べてあげた上で、パーフェクトな女性たちを。


 でもドルフは引っ掛かった事がなかった。確かに女性は好きだ。しかしそんな都合よく、趣味嗜好にあった女性が頻繁に目の前に現れるのも不可解。

 それにドルフ自身が一番、自分という人間と立場を誰よりも理解していた。


 そして今回、趣向を変えてきた可能性があるかもしれないと、考えていた。


「あ、あのスパイの意味は分かります。それに関しては違います。でもハニートラップとは、蜂蜜で罠を作る人です?」


 蜂蜜で罠? ベタベタになって大変そうだな、と思わず想像してしまった。


「いやいや。ハニートラップだよ、ハニートラップ!」


 本当に分かってないのか? 眉を八の字にて困っているのがありありと伝わってくる。


「ちょっといいかしら?」


 小さく手を上げた室井が、話しに入ってきた。


「はい。なんでしょうか?」

「エアルさんの国の名前を教えてくれないかしら?」

「エジンオン国です」

「は?」


 思わずドルフから声が出てしまった。そんな国名、聞いた事がないぞ。世界中のどこにもない。室井も難しい顔をしているから、自分と同じ事を思っているようだ。


「じゃあ今は、何年か分かるかしら?」

「エジンオン歴一六七八年ですけど」


 何か様子がおかしいと気付いたのか、エアルの言葉の最後は小さかった。


「あーーエアル。その、なんだ? ゲームのしすぎで、頭が混乱してるのか?」

「こん、らん、はしてると思います。私、本当は死んだはずなんです。ここは死後の世界なんですか? 見た事もない物ばかりあって」


 聞き捨てならない単語に、ドルフも室井もピタリと動きを止めた。

 死んだとはどういう事なのか。そもそも聞いた事もない国名に年号。施設に潜り込むために嘘を吐いている可能性は大いにあるはずなのに、何故かドルフには嘘を言っているようには思えなかった。

 ドルフの思考を止めるかのように、メール受信の知らせが届いた。送信先は警備課。ただ文面には、警備課では分析不可能。と記載されていた。

 ドルフは直ぐに、動画をエアスクリーンで立ち上げて見てみる事にした。


「は?」


 ドルフの声に室井が反応した。


「ドルフ教授?」

「あ、いや、ちょっと待ってくれ」


 敷地内にエアルが現れた瞬間が映ってはいるが……


「あーー室井さんも一緒に見てくれ」


 エアスクリーンを指で拡大しする。


「え? どういう事?」


 エアルはこの施設に侵入してきたのではく、落ちてきたという表現がきっと正しい。映像には、芝生の上に急に黒い渦のようなものが現れ、そこからエアルが産み落とされるように出て来たのだ。


「あの」


 エアルがいつの間にか、猫型ヘルススキャンを胸に抱き、二人に向かって立っていた。


「ここは、どこなんでしょうか?」


 これは、お互いに状況のすり合わせが必要だと、ドルフは久々に頭が痛くなるのを感じた。


「ここは日本という国なんだが……先にエアル、君の話しを詳しく聞かせてくれないか? 死んだはずだと、さっき言っていただろ?」

「はい。私はエジオン国の真正の魔女の一人です。真正の魔女の外にも人はいますが、使える魔法は生活に使える程度の魔力しか持ち得ていません。でも真正の魔女たちは違います。真正の魔女たちは古から伝わる魔術にも精髄し、多くの魔力を持って生まれてくるのです。だから一般の人たちが使えない魔法を、多様に使う事ができます。その真正の魔女の中で特に膨大な魔力をもっているのが、純白の魔女リリーでした」


 魔力やら魔法やら魔女という非科学的な言葉の羅列に、ドルフも室井も呆気に取られてしまい、ただエアルの話しに耳を傾けるしかなかった。


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