エアルは目の前にいる漆黒、大魔女リリーと対峙していた。
ここで私が引けば、今まで戦ってきた仲間の魔女たちの死になんの意味があったのか。
少し高い場所で、優雅に椅子に座っているリリーは、怪我もなくローブにも汚れ一つない。それなのに向き合って立っているエアルの白いローブはずず黒く汚れ、ところどころ破けている。黒い髪は埃で薄っすらと白くなっていた。体力も相当消耗している。
圧倒的な差。圧倒的な力。真正の魔女のトップに立つ力。
大魔女リリーは昔、優しき、誰からも尊敬され慕われる魔女だった。でもある事がきっかけで彼女は変わってしまった。
皆、上辺だけの彼女しか見ていなかった。いや、彼女が彼女であるが故に、
誰もが変化に気が付かなかった。初めに、異変に気付いた魔女の一人が言った。
「リリーが、病弱な自分の娘のために、命を命で補っている」と。
他の魔女は言った。
「リリーが理に反した事をする訳がない」
そしていつの間にか、彼女の悪事を言っていた魔女はいなくなった。
また違う魔女が言った。
「リリーはもう、昔のリリーでは無くなってしまった。リリーは病弱な娘の為に、命を命で繋ごうとしている。殺さなければならい」
他の魔女は言った。
「リリーに嫉妬してるバカな魔女だ。お前ごときが、リリーのような魔女に成り代わろうとしているのか。愚か者」
そしてまた、彼女を追及したその魔女も、いつの間にか姿を消していた。
しかし徐々に、彼女が理を破っていると言い出す魔女が増えた。
真意を確かめるため、リリーを尊敬する数人の魔女たちが白いローブを身にまとい、話しを聞くために城を訪れた。他の魔女たちにも彼女の証言を見せるために、映像保存の魔法を用意して。
「リリー様。リリー様が病弱な娘のために、命を命で補い繋いでいると、言い出している魔女がおります。本当でしょうか?」
少し高くなっている場所で、黄金色に輝く椅子に足を組んで彼女は答えた。
「本当よ。私の娘のために、わずかしか魔法を使えない人間の命を使っているけど、持ちが良くないの。でもね」と言葉を切った。
魔女たちは驚いた。否定の言葉が返ってくると思っていたのに、肯定が返ってきたのだから。そして彼女の言葉に、魔女たちは身の危険を感じずにはいられなかった。
「でもね、真正の魔女の命の方がすごく長持ちするの」
そう言うや否や、彼女の纏っていた純白のローブと髪が漆黒の色に変わった。彼女は持っていた杖を掲げ、訪れていた一人の魔女を残し、命を吸い取ってしまった。
「お前だけ、今回は見逃してあげる。全魔女に伝えなさい。リリーは暗黒に落ちたと。魔女の命をすべて差し出せと!」
見逃された魔女は、保存された映像を持って城から逃げ出した。そしてこの事がきっかけになり、リリーの所業が明るみになった。
それでも彼女を知る魔女たちは、止めさせようと城に赴き説得を試みたが、戻ってきた魔女はいなかった。
エアルの周りに仲間の魔女はもう居ない。元々そんなに多くの真正の魔女は居なかったのに、リリーに寄って命を狩り取らてしまった。もう真正の魔女は数えられるほどしか残っていなかった。
その数える程しか残っていない真正の魔女三〇人が集まり、話し合いをした結果、全ての力をエアルに移植する事になった。
そして真正の魔女たちの、リリー討伐の意思を、エアルが一人で引き受ける事になったのだ。
お願い皆! 私に力を!
防御魔法が幾重にも重なり、エアルとリリーの周囲を覆う。
「そんな事をしても、この私の力には敵わない」
知らない言葉の呪文が、エアルの口から紡ぐように唱えられる。
「な、まさか?! そんな!」
魔法陣が現れ、旋風のように大きくなっていく。瓦礫が舞い上がり、怯えるように震えていた。それはエアルも感じた事がない力だった。
「なぜ、お前のような下っ端の魔女が古魔法の、それも禁忌呪文を!」
きっとこの魔法が発動をすれば、私も死ぬ。それも本望。悔いはない!
エアルは持っていた杖に、持 力を吸い取られていく感覚があったが、絶対に離してはダメ! だと最後の力を振り絞って握り返した。
「や、めろ、やめろーーーーっ!」
エアルにも何か起こったかは分からなかった。ただ大きな音と共に、自分もリリーも死んだ事だけは分かった。