「私も読んだことはなかったけれど……あまりにも内容が精査されていなくて驚いた」
「こんな文章を私たちが読んでいいのでしょうか?」
私が思わずつぶやくと、ルシウス様は肩をすくめた。
「元は宮廷に仕えた貴族の記録だから、貴重な資料ではある。とはいえ……」
「とはいえ?」
彼は手に取った一冊をぱらぱらとめくり、眉をひそめた。
「これはただの愚痴のような気がする……」
「愚痴、ですか?」
「……少し、読んでみよう」
ルシウス様はページを指で押さえ、低い声で読み上げる。
「――『今日もまた、陛下の朝食に付き合わされた。なぜあの方は毎朝、あれほどの量を食べられるのか。わたしはもう無理だ。胃が限界だ』」
「……ふふっ」
思わず吹き出しそうになり、私は手を口元に添えた。
「まだ続きがあるんだ」
ルシウス様は少し口角を上げながら、次の行を指でなぞる。
「『侍女の話では、若い頃はこれの倍食べていたらしい。信じられない。こんなことで歴史に名を残したくはないが、今や宮廷では陛下の朝食量が話題になっている。これが王家の威厳というものなのだろうか……』」
「くっ……ふふっ……」
確かに愚痴だ。というか、何故こんな事を文章で残そうとしたのだろう、貴重な紙を使って。あんまりにもあんまりな内容に、どんどん笑いがこみあげてくる。
思わず肩を震わせる私を見て、ルシウス様も小さく笑う。
年代的に、先代の王のことだろう。現王の話ではなくてよかった。
直近のものは見ないようにしよう……思い出し笑いしてしまったら大変すぎる。
「思ったよりも正直な内容が多いな」
「ですね……。王城の記録として、こういうことも書いてあるなんて、何だか親近感が湧きます」
二人で顔を見合わせ、笑いあう。厳かな雰囲気だった特別書庫も、この日記のおかげで親しみやすい場所に感じられてきた。
私はページをめくりながら、ふと考える。
こんなふうに個人的な記録が残されているのなら、母についての記述もどこかにあるかもしれない。
私は次の本を手に取ったが、思わず目を丸くする。この日記にも驚くような内容が記されている。
『今日も宮廷魔導師のルディ氏が失敗した。実験中に髪が緑色に変色し、しかも元に戻らないらしい。かつらを被って帰っていったが、後ろから見ると緑の髪が少し覗いていて滑稽だった。教会の面々は気付かないふりをしていたが、明らかに顔を背けて笑いを堪えていた』
「ふふっ、その実験はいったいどういうものなの……」
思わず笑いが漏れてしまい、慌てて口を押さえる。
ルシウス様が横から私の持っていた本を覗き込む。
あまりに距離が近くて、どきどきしてしまった私は気合で本に集中する。
「ああ、それはルディ・バートランドの事件だな。ダルバードから聞いたことがある」
ルシウス様も珍しく柔らかな表情を浮かべている。
「実は一週間ほど続いたそうだ。毎日違う色のかつらを着けていたらしいが、どれも似合わなかったとか」
「とても和やかな場所ですね。皆が仲良く楽しい職場ですって感じだわ」
「……なんだかその謳い文句は怪しく感じるな」
「不思議ですね、私もです」
私は次のページをめくった。
『今日は聖女様の誕生日だった。しかし聖女様は体調を崩されたとのことで、祝宴は中止。本当は、昨晩こっそり街に出られて、露店で食べ過ぎたせいだと聞いた。護衛も黙認していたらしい。聖女様も、意外と庶民的なところがおありなのだな……』
「聖女……母の事、ですよね」
私は思わず声を上げる。
思えば先程の記述にも教会という文字が入っていた。
「クローディア」
ルシウス様の声ではっとする。気がつけば、本を持つ手に力が入っていた。そっと、ルシウス様の手が重ねられ、ゆっくりと力が抜けていく。
「……すいません。焦ってしまいました」
「ゆっくり読んでいこう。二人で」
「ありがとうございます」
ルシウス様が隣に居る。……大丈夫。
私はその次の文章を読んだ。
「……しばらくまた日記だな」
「ああもう、本当ですね」
緊張して次のページを繰ったら、また日記だった。
落胆しつつも、次々と読み込んでいく。
次の記述を見つけたのは、もう、昼すぎになったころだった。
同じような日記が続く中、急に聖女についての記述が紛れ込んでいた。
『聖女様は感情を色として感じるらしい。そしてその色を近い塗り替えることができると。全く違う感情に変えることは出来なくとも、嫌悪よりの気持ちを無関心に変えるだけでも、何もかもが変わってしまう事がある。あまりにも大きい。……そして、それは聖女様のお身体に負担が大きすぎる。利用すべきではない力ではないのではないか』