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58 王城特別書庫

 一か月後、私はルシウス様と王城に来ていた。


 ルシウス様が、城にある資料の閲覧許可をもらってくれたのだ。

 私的な文書も機密文書も混ざっている可能性があるとの事で、従者もつけずに二人で登城した。


 公爵という立場は、流石に強いと思わざるを得ない。


 ……しかし、人外公爵ことルシウス様の地位は盤石とは言えない。

 それなのに、この短期間で、調べて許可まで得てくれた優しさに、私は感謝した。


 私もルシウス様も、しっかりきっちり隙のないように着込んでいる。

 それでも、私は自分がここにいることがふさわしくなく、異端であるように思えてしまう。

 場違いにも迷い込んでしまったように。


 豪奢な回廊がどこまでも続いているような、そんな錯覚さえ覚えた。


「今日は、誰とも会わないから安心してくれ」


 そばを歩くルシウス様が微笑む。私も軽く頷き返した。

 しかし結局は、私はとても緊張していた。


 王城に入ったのは、あの日以来だ。

 ……あの、舞踏会の日。


 記憶がまざまざと蘇ってくる。あの日の、ドートン家の悪意。第二王子の悪意。

 初めての城は、正直とてもいい思い出とは言えなかった。


 そのおかげでルシウス様との心の距離が近づいたとしても。


「クローディア、大丈夫か?」


 ルシウス様が私の顔を心配そうに顔を覗き込む。


「ええ、大丈夫です。ただ少し、考え事をしてしまって」


「そうか。……資料を見るのがつらければ、俺だけで見ることもできるから」


「いえ、私の母の事ですから。今度は目を逸らさないで見たいんです」


「……そうか」


 私の言葉に、ルシウス様は微笑んで頷いてくれた。それだけで、とても心強い気持ちになった。


「でも、王城の図書室なんて、許可が大変だったのではないですか?」


「知らなかったのか? 私は公爵なんだ」


 すっと目を細め綺麗な笑顔を見せたルシウス様に、思わず笑ってしまう。


「確かに完璧な貴族だわ」


「そうだろう。権力者なんだ」


 ルシウス様は完璧な貴族の顔のまま、子供みたいなことを言った。

 そのおかげで、図書館についた時はすっかり私の緊張は解けていた。


「ここが、図書室だ。さぁ入ってくれ」


「……はい」


 入ったとたんに、今までのきらびやかな場所をとはまた違った空気に包まれた。

 ルシウス様の執務室よりも少し広いぐらいの部屋に、本棚がいくつも並んでいる。

 重厚な木の本棚が、整然と並んでいるさまは壮観だった。


 本棚の上部には繊細な木彫りの装飾が施され、古い革の装丁や金箔で装飾された背表紙が美しく並んでいる。

 日焼けに配慮しているのだろうか、図書室の中は薄暗かった。司書の方だろうか、制服を着た男性が一人、本の整理をしている。しかし、他に人はいないようだ。


「凄い数ですね」


 私でも知っている。本は高い。これだけの数を揃えているのは、流石王城だ。

 一冊でも何かあったら大変だ。先程解けた緊張がまだ戻ってくる。


「……ん、どうしたクローディア」


「汚したら弁償できないと思うと……恐怖心が」


 私が震える手を見せると、ルシウス様は目を見開いた後声をあげて笑った。


「ははは! 公爵夫人だとは思えない発言だ。君の為ならこの中の本すべて買い取るから安心してくれ」


「まったくもう、冗談ばっかり」


 ルシウス様が冗談で私の気を紛らわせようとしてくれる。もう、とルシウス様の肩をつつく。


「冗談ではないが」


 ルシウス様は何と全く笑っていなかった。

 ……冗談じゃ、ない?


 私は今の話を聞かなかったことにして、すぐさま忘れることにした。


「こっちだ」


 私の動揺を何も感じていないようなルシウス様が、私の手を握った。


「……!」


「君の探している本は、こっちだから」


 ルシウス様はなんでもないように言うけれど、私の心臓はドキドキとうるさくなった。


 ぎゅっと握られた手に、汗がにじむ。


「て、手……」


「……少しは、このままで」


 こちらを向いたルシウス様の顔は少し赤くて、私はぎゅっと目をつむった。

 は、恥ずかしい。

 ……それに、どうして急に!?


 私は自分がどこを見ているかわからないまま、ルシウス様に手を引かれ進んでいく。


「ここは高位貴族しか立ち入れない特別書庫だ」


 ルシウス様が静かに説明してくれる。

 私たちは、図書室の奥にあった扉の前に立った。ルシウス様が魔導具らしきものを取り出すと、その扉にくっつける。すると、扉はそのまま静かに開いた。


「……先程とは、だいぶ」


「そうだろう」


 ルシウス様は私の言いたいことが分かったようだ。


 先程までの豪奢に装丁された本とは違い、こちらのものは簡易的な綴じが多い。大きさも、薄さもばらばらだ。


「歴代の宮廷に仕えた貴族たちの記録が保管されているんだ。教会について、まして登城していた聖女の記録はあるだろう。とはいえ、日記に近いものも多い。何かしらの手掛かりになるといいのだが」


 ルシウス様は慎重に本棚を見て回りながら、目的の年代を探していく。私も彼に倣って、背表紙の文字を一つ一つ確認していった。


 母の痕跡を探すこの調査。それは私にとって、過去と向き合う大切な一歩だ。


 緊張は まだ残っているものの、ルシウス様と二人でいることで、少しずつ落ち着きを取り戻せている気がした。


 近くにはひとり掛けの椅子が四つ置いてあり、この場で読めるようになっていた。

 私とルシウス様はテーブルに候補となる本を置き、一つずつ確認していくことにした。


「……日記、なんですね」

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