一か月後、私はルシウス様と王城に来ていた。
ルシウス様が、城にある資料の閲覧許可をもらってくれたのだ。
私的な文書も機密文書も混ざっている可能性があるとの事で、従者もつけずに二人で登城した。
公爵という立場は、流石に強いと思わざるを得ない。
……しかし、人外公爵ことルシウス様の地位は盤石とは言えない。
それなのに、この短期間で、調べて許可まで得てくれた優しさに、私は感謝した。
私もルシウス様も、しっかりきっちり隙のないように着込んでいる。
それでも、私は自分がここにいることがふさわしくなく、異端であるように思えてしまう。
場違いにも迷い込んでしまったように。
豪奢な回廊がどこまでも続いているような、そんな錯覚さえ覚えた。
「今日は、誰とも会わないから安心してくれ」
そばを歩くルシウス様が微笑む。私も軽く頷き返した。
しかし結局は、私はとても緊張していた。
王城に入ったのは、あの日以来だ。
……あの、舞踏会の日。
記憶がまざまざと蘇ってくる。あの日の、ドートン家の悪意。第二王子の悪意。
初めての城は、正直とてもいい思い出とは言えなかった。
そのおかげでルシウス様との心の距離が近づいたとしても。
「クローディア、大丈夫か?」
ルシウス様が私の顔を心配そうに顔を覗き込む。
「ええ、大丈夫です。ただ少し、考え事をしてしまって」
「そうか。……資料を見るのがつらければ、俺だけで見ることもできるから」
「いえ、私の母の事ですから。今度は目を逸らさないで見たいんです」
「……そうか」
私の言葉に、ルシウス様は微笑んで頷いてくれた。それだけで、とても心強い気持ちになった。
「でも、王城の図書室なんて、許可が大変だったのではないですか?」
「知らなかったのか? 私は公爵なんだ」
すっと目を細め綺麗な笑顔を見せたルシウス様に、思わず笑ってしまう。
「確かに完璧な貴族だわ」
「そうだろう。権力者なんだ」
ルシウス様は完璧な貴族の顔のまま、子供みたいなことを言った。
そのおかげで、図書館についた時はすっかり私の緊張は解けていた。
「ここが、図書室だ。さぁ入ってくれ」
「……はい」
入ったとたんに、今までのきらびやかな場所をとはまた違った空気に包まれた。
ルシウス様の執務室よりも少し広いぐらいの部屋に、本棚がいくつも並んでいる。
重厚な木の本棚が、整然と並んでいるさまは壮観だった。
本棚の上部には繊細な木彫りの装飾が施され、古い革の装丁や金箔で装飾された背表紙が美しく並んでいる。
日焼けに配慮しているのだろうか、図書室の中は薄暗かった。司書の方だろうか、制服を着た男性が一人、本の整理をしている。しかし、他に人はいないようだ。
「凄い数ですね」
私でも知っている。本は高い。これだけの数を揃えているのは、流石王城だ。
一冊でも何かあったら大変だ。先程解けた緊張がまだ戻ってくる。
「……ん、どうしたクローディア」
「汚したら弁償できないと思うと……恐怖心が」
私が震える手を見せると、ルシウス様は目を見開いた後声をあげて笑った。
「ははは! 公爵夫人だとは思えない発言だ。君の為ならこの中の本すべて買い取るから安心してくれ」
「まったくもう、冗談ばっかり」
ルシウス様が冗談で私の気を紛らわせようとしてくれる。もう、とルシウス様の肩をつつく。
「冗談ではないが」
ルシウス様は何と全く笑っていなかった。
……冗談じゃ、ない?
私は今の話を聞かなかったことにして、すぐさま忘れることにした。
「こっちだ」
私の動揺を何も感じていないようなルシウス様が、私の手を握った。
「……!」
「君の探している本は、こっちだから」
ルシウス様はなんでもないように言うけれど、私の心臓はドキドキとうるさくなった。
ぎゅっと握られた手に、汗がにじむ。
「て、手……」
「……少しは、このままで」
こちらを向いたルシウス様の顔は少し赤くて、私はぎゅっと目をつむった。
は、恥ずかしい。
……それに、どうして急に!?
私は自分がどこを見ているかわからないまま、ルシウス様に手を引かれ進んでいく。
「ここは高位貴族しか立ち入れない特別書庫だ」
ルシウス様が静かに説明してくれる。
私たちは、図書室の奥にあった扉の前に立った。ルシウス様が魔導具らしきものを取り出すと、その扉にくっつける。すると、扉はそのまま静かに開いた。
「……先程とは、だいぶ」
「そうだろう」
ルシウス様は私の言いたいことが分かったようだ。
先程までの豪奢に装丁された本とは違い、こちらのものは簡易的な綴じが多い。大きさも、薄さもばらばらだ。
「歴代の宮廷に仕えた貴族たちの記録が保管されているんだ。教会について、まして登城していた聖女の記録はあるだろう。とはいえ、日記に近いものも多い。何かしらの手掛かりになるといいのだが」
ルシウス様は慎重に本棚を見て回りながら、目的の年代を探していく。私も彼に倣って、背表紙の文字を一つ一つ確認していった。
母の痕跡を探すこの調査。それは私にとって、過去と向き合う大切な一歩だ。
緊張は まだ残っているものの、ルシウス様と二人でいることで、少しずつ落ち着きを取り戻せている気がした。
近くにはひとり掛けの椅子が四つ置いてあり、この場で読めるようになっていた。
私とルシウス様はテーブルに候補となる本を置き、一つずつ確認していくことにした。
「……日記、なんですね」