冷静な声が怖い。私はルシウス様の声を遮るように大きな声を出した。
「あの! ……その先は聞きたくないんです。自分で話を出しておきながら、ごめんなさい。聞きたくないんです」
ルシウス様が大事だ。
その気持ちは、私の心を強く大きくしたかのように思えた。
先程までは。
誰も信じていない時よりも、弱い心にも気が付いてしまう。
私の懇願に、ルシウス様は背中を撫でた。
「クローディア、良く聞いて欲しい。確かに最初は契約婚だった。……それは私の特殊な性質にもある」
聞きたくない。けれど、聞きたい。
どうしてだか、全く違う感情が同じように存在してしまう。
「……はい。わかってます」
「違うんだ。……この問題が解決したら、もっと君と……」
いつの間にかルシウス様は私の事をじっと見ている。
その瞳は真剣で、もしかして、などと言う希望がうまれてくる。
「私と……?」
「いや、今はその時ではない。何もかもの解決をして、その先は、その時だ。……だが、君の事を契約だけの関係だと、今は思っていない。それだけは、間違いない」
きっぱりと言ってくれたことは、私にとっては夢のようで。
「本当に……?」
「……ああ、本当だ」
ふいっと顔を逸らしたルシウス様の耳が、少し赤い気がする。
……これは願望で私が望みすぎたから見える幻覚なのでは?
左手を右手の爪でぎゅっとする。
痛い。
「クローディアは一体何をしているんだ」
「……い、いえ」
どうやら夢じゃないみたい。
「飲み物は私が淹れよう」
くすり、と笑って、ルシウス様は私のカップを手に取る。
その横顔を見つめながら、私は先ほど決めたことを伝える。
「ルシウス様。私、母の事を調べて……もっと、母からもらった力の事を知りたいんです」
「え?」
意外そうな声を上げるルシウス様に、私は真剣な表情で続けた。
母からもらった大事な力。守ってくれると信じてくれた力は、一体どんなものだったのか。
……それに。
「先ほどの話では、私は母の力を受け継いでいるはずです。獣化の苦痛をやわらげる事が出来たように、ルシウス様に対して、もっと私にできることがあるかもしれません」
「クローディア……」
ルシウス様の瞳が揺れる。そこには心配と、躊躇いの色が浮かんでいた。
「まずは、母の力が何だったか、知りたいのです」
「明日、一緒にダルバードに聞いてみるか?」
「……ダルバード先生も、詳しくは知らないようでした。ただ、聖女として祭り上げられている、と」
ダルバード先生は、母の力を聞くことによって、魔導具好きの少女が教会の聖女になる事を畏れていた。
「それは残念だ。……城になら、何かしらの資料や記録があるかもしれない。調べておこう」
「お願いいたします」
深く頭を下げた私を見て、ルシウス様は小さくため息をついた。
「クローディア、君の気持ちは大事にしたい。しかし、無理はしないでほしい。魔術の訓練は身体にも心にも負担がかかる。君自身が倒れてしまっては何の意味もない。……俺も、そうなってほしくない」
「はい。体調には気を付けます。……丈夫なんですよ?」
私の言葉に、ルシウス様はわずかに微笑み、手を伸ばして私の頭をそっと撫でた。その仕草に、心の奥がくすぐられるような温かさを覚えた。
人といたほうが、心が安らぐなんて、本当に何度考えても信じられない。
「君の母上の力を探ることは、君自身の力を理解することにも繋がるだろう。だが、それだけに囚われないでほしい。クローディアはクローディアだけの生き方がある。それに、俺は獣化には負けない」
「……はい。ありがとうございます」
その一言に込められた優しさと信頼に、私は自然と背筋を伸ばす。ルシウス様の言葉には不思議と力が宿っていて、どんな困難にも立ち向かえる気がしてくる。
ふと、ルシウス様は視線を少し遠くに向けた。窓の外は、深い暗闇が広がっている。
「今日はこれくらいにしておこう。色々あった。しっかりと休む時間が必要だ」
「はい、そうします。ルシウス様も、お仕事でお疲れではないですか? あまり無理をなさらないでください」
私がそう言うと、彼は軽く笑って肩をすくめた。
「ありがとう。俺も今日は少し早く休むことにするよ」
お互いに微笑み合い、私はその場を辞するために軽く頭を下げた。そして振り返り、部屋を出ようとしたところで、ルシウス様の低く穏やかな声が背後から届いた。
「クローディア……何が真実かはわからない。だが、今は味方がいる。少なくとも俺は、君の味方だ」
振り返ると、ルシウス様の真剣な瞳が、こちらを見つめていた。その優しさに満ちた視線に、私は胸が熱くなるのを感じながら、しっかりと頷いた。
「……はい。おやすみなさい」
その言葉を最後に、私は部屋を後にした。
ルシウス様の温かな声が心に響いたまま、私は今日の事をいつまでも思い出しながらベッドで天井を見ていた。
……残念ながら、夜更かしになってしまった。