「クローディア、夕食の時間だが……どうした!?」
心配そうな声が聞こえ、私は涙を拭いた。
そこにはいつの間にかドアのところに、心配そうな顔をしたルシウス様が立っていた。
思わず私は彼の胸に飛び込んだ。
「私の心を解いてくれて、ありがとうございます。ルシウス様、ダルバード先生」
頬を伝う涙は、どんどんどんどん流れ出て、自分でもどうしていいかわからなくなるほどだった。
「ダルバード……!」
「……お話はクローディア様から聞いてください。私はこれで失礼いたします」
ダルバード先生は、ルシウス様に礼をしてそっと部屋を出て行った。ダルバード先生も、今日は亡き母の事を、一人思うのかもしれない。楽しい事ばかり思い出してほしい。
ルシウス様は呆然とダルバード先生が出て行った扉を見つめていたが、はっと私の方に向き合った。
「クローディア、何かあったのか。ダルバードと問題でも!?」
「いえ……ただ、ただ自分が愚かで、でも、私にはルシウス様やダルバード先生が居て……だから、だから」
「クローディア、安心していい。ゆっくり話してくれればいい。まずは落ち着くんだ。……このままでいるから」
ぎゅうぎゅうとルシウス様に抱き着いてただ涙を流す私に、ルシウス様は同じように抱き返し、優しく囁いてくれた。
何も知らないはずのルシウス様は、優しく頭を撫でてくれる。暖かく、やさしい。
ずっと一人だと思ってた。
でも違った。
母は私の事を大事に思ってくれていた……。母なりの愛情が、確かにあったのだ。
それに、ルシウス様。優しい魔物付きの貴族。
同じように孤独を感じて生きてきたルシウス様。
今、私が大事にしたい人が居る。
この気持ちが何よりも大事で、嬉しくて。
母の能力を、私もきちんと向き合って使っていきたいと思った。ルシウス様や大事な人の為に。何かを私も与えられるように。
……生きていて良かったな、と初めて思えた。
「えへへ、すっかり泣いてしまいました。もう大丈夫です」
しばらくじっと、ルシウス様の体温を感じていた私は顔を上げた。心配そうなルシウス様が、気遣うように私の頬を撫でた。
「嫌でなければ、私の部屋に食事を運ばせる」
遠慮がちなルシウス様の言葉に、思わず笑ってしまう。
「もちろん、嫌ではありません。むしろ嬉しいです」
「そう、ならいいが……」
ぺたんと閉じた耳が見えそうなぐらいに、私の心を伺っているルシウス様。申し訳ないけれど、可愛いと思ってしまう。
「食べながら、お話しさせてください」
私が伝えると、ルシウス様は、静かに頷いてくれた。
*****
ルシウス様が手ずから料理を並べてくれる。
食事の事などすっかり忘れてたのに、美味しそうに並んだ料理を見たらくぅとお腹が鳴った。
「はは、元気そうで良かったよ」
「意味が分からなくて申し訳なかったです……説明させてください」
「ああ、もちろんだ。まずはスープでも飲んでくれ。あたたかくておいしいから」
ルシウス様は、せかすこともなく、私に食事を勧めてくれた。
「……という、話だったのです」
ゆっくりと食べながら、私も自分の気持ちと向き合いながら少しずつ先程聞いた話をルシウス様に伝える。
ルシウス様は頷きながら、まっすぐに私を見つめ、ゆっくりと聞いてくれた。
この人は、ちゃんと私の話を聞いてくれる。
ルシウス様と居る時の安心感は、どう表現したらいいのだろう。
「ダルバートとクローディアの母上が、知り合いだったとは。……でも、そうか」
しみじみと、ルシウス様が呟く。
「甘いもの、用意しましょう」
「そうだな。私は紅茶をいれよう」
温かい紅茶に甘いもの。
今まで持っていなかった習慣だけれど、ルシウス様との時間だという感じがする。不思議だ。
「……今日は、大変だったな」
ルシウス様は心配そうに私を見つめる。まだ頬に涙の跡が残っているせいかもしれない。ごしごしと擦ってみるけれど、よくわからない。
「はい。でもむしろ、すっきりしました。……今までの自分が思っていた事、信じていた事……色々違っていたのかもしれないと」
私は微笑んで答えることができた。温かい紅茶が心を落ち着かせてくれる。
「そうか……」
「はい。ダルバード先生が言ってくれたこと、本当かはわかりません。でも、そうだったと思う事にしました。それに、今の私には、ルシウス様が居ます」
安堵の表情を浮かべるルシウス様。
「契約婚ですけど」
冗談めかして、心に引っかかっていることが零れる。しかし言葉にすれば、思ったよりずっと、自分の心に刺さってしまった。
馬鹿だ。
「契約婚か」
繰り返された言葉の含む意味も、ルシウス様の表情も見たくなくて、私は慌てて立ち上がった。
「じょ、冗談ですよ! 紅茶冷めてしまいましたね淹れなおします!」
下を向いてすぐさま立ち去ろうとした私の手を、ルシウス様が掴んだ。
「クローディア」