そわして、言葉の通り、フィネルは毎日ダルバードの部屋に来た。
時間はまちまちで、滞在時間も、すぐ帰る時もあれば長い時間話にふけることもあった。
魔導具について熱心に質問し、時には自分の考えを話してくれる。その瞳は純粋な好奇心に満ちていて、ダルバードは彼女との会話を心から楽しんでいた。
自分の年の半分ぐらいの少女は、聡明で、好奇心旺盛で、キラキラとしていた。
娘が居たら、こんな感じだったのだろうかなどと言う世迷事が浮かんでくるほどだ。
その時にはもう、ダルバードはフィネルの正体に気が付いていた。
教会の抱える聖女。
実際はただの魔導具が好きな少女だ。教会は彼女の価値を吊り上げ、この王城で何をしているのだろう。
そう思ってはいたものの、正体を隠し、純粋に魔導具に目を輝かしている少女を前に、現実について話をすることがどうしてもできなかった。
それが怠惰で馬鹿だったと気が付いたのは、一カ月ほどたった雨の日だった。
その日ダルバードが部屋に入ると、フィネルが微笑んで振り向いた。
手には、ダルバードが作った魔導具を持ち、驚くほど静かにたたずんでいた。
「もう会えません。……私は力を失います」
微笑みと共に、驚くほどに冷えた声でフィネルが言った。
ダルバードは、その佇まいにぞっとした。
……もう、この暖かい時間が終わってしまうのだと、わかった。
「私の正体、気が付いていたんですよね。何も言わずにありがとうございます。ここでは、ただの魔導具好きのフィネルでいられました」
「……私も楽しかった」
過去形で話す、二人の時間。
「そう思っていただいて、嬉しいです。私は……売られるのです。この力と名声を買われ、望まぬ結婚を強いられることになりました」
「そんな……ことが」
「教会は、傀儡を求めていました。教会とお互いの利害が一致する、卑しい貴族に嫁ぎます」
卑しい貴族、とこれからの嫁ぎ先を彼女はそう評した。
……貴族、特に女性は、自分の嫁ぎ先も未来も決めることは難しい。
特に、貧しい地域の出身だという彼女には、選択肢が一つもないはずだ。
教会に聖女にされ、今度は貴族の嫁になる。
何一つ望んでいないだろう、その事実。
「……そうか」
ダルバードから出たのは、そんなどうしようもない相槌だけだった。
「私の力は、間もなく失われるでしょう。正確には、力は全て子に渡します。ふふ、まだいないですけどね」
「そうしたら、その子供は……」
彼女と同じ運命をたどる。そう思ったダルバードに、フィネルは力強く頷いた。
「私が護ります。その子供は何も引き継がず、生まれてきますわ。……それに、時が来れば、きっとこの力が彼女を守ってくれると思うんです」
全く意味が分からなかった。
ふわりと微笑む彼女は、聖女とうたわれた清らかな雰囲気のままで。
それでも、これから生き抜く決意の力強さを感じた。
……だから、言えなかった。
何もかも捨てて、ここに残るのはどうだ、と。
それに、自分に彼女を守り切れる力があるのかもわからなかった。権力に興味を示さず、ただ自分のままに生きてきたから。
……怠惰だった。そう思わざるを得なかった。
ただ一人の少女、それすら守れないなんて。
「私、ダルバード様の事、先生のように……それに、父のように思っていました」
……私だって、君を弟子のように、そして娘のように思っていた。
その言葉は飲み込むしかできなかった。
遠くから、彼女の無事としあわせを祈る事しかできなかった。
弱い自分は、彼女の事を忘れようと、目を瞑っていた。
「秘密ですよ。精一杯の、抵抗……そして復讐ですわ」
軽やかに、歌うように呟いた彼女の顔はどんなだっただろうか。
彼女の居ない王城は色あせていた。
あんなに好きだった魔導具、研究、そして自分の為に生きる事。
あっという間にわからなくなった。
ダルバードは、宮廷魔術師を辞めてしまった。
噂でだけ、彼女のその後を聞いた。
彼女はそのまま貴族に嫁いだ。
その貴族は、教会からの金銭的な援助を受け、聖女を任された。聖女を従えた貴族の発言力が増し、教会の力を増大させるために。
……そして、やがてなにも囁かれなくなった。望んで聞かなかったかもしれない。
わからなかった。