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52 魔力測定

「よろしくお願いいたします。ダルバード先生」


 ルシウス様と会ったことで、私はすっかり調子を取り戻していた。

 とても現金だ。


 現金な私は、ダルバード先生との授業も久しぶりな気がしてしまう。前回は全く集中できていなかった。


 そんな私を怒りもせずに、ダルバード先生は優しく微笑んだ。


「今日は、魔力量をはかりましょう」


 今まで入った事のない部屋は、ダルバード先生の研究室らしい。

 ルシウス様の執務室と同じぐらいの広さで、しかし棚や机の上には所狭しと色々なものが置いてある。

 書類もつみあがっていて、ダルバード先生の人柄が垣間見えて微笑ましい。


 見たこともない魔導具がたくさんあるこの部屋には、不思議な気配が広がっている。


「はい。……あの、魔力量は、教会の方でしか計れないと聞いたのですが」


 そう、あの時も教会から魔力を計りに来ていた。

 家族が揃って、私の魔力を測ったあの日。


 魔力は神様からの贈り物。だから、教会の管轄だと聞いた。ただし、家に来てもらうのは多額の寄付が必要なので、私の魔力量をはかった後、父に無駄金だったと叩かれた。


 叩かれる私を見て、司祭様は気の毒そうにしたものの、何も言わなかった。


 ……フラウの時は、私はすでに呼ばれもしなかった。


「教会のものに測れて、何故私に測れないと思ったんでしょうか?」


 ふふ、と笑って言うダルバード先生は自信に満ちていた。

 そうだ、凄い人だったんだ! と思い出し慌てて謝る。


「すいません! ダルバード先生なら大丈夫だと忘れていました……!」


「ははは、冗談ですよ。けれど、あの魔導具はそこまで複雑じゃない。個人的に作れますよ」


「……ぜったい、うそです」


 いくらなんでも簡単に作れるものじゃないことぐらいは、私にもわかる。


 教会があんなに寄付金を受け取ることができるのは、他ではできない技術だからだ。

 ダルバード先生の凄さが、また一段謎に包まれた。


 底知れないダルバード先生は、楽しそうに一つの魔導具を机の上に置いた。

 透明な板の上に、大きな宝石が付いている。


 簡素な見た目だ。しかし、中にはとてもたくさんの魔法陣が組まれているに違いない。


「これが、魔力を測る魔導具です。教会のものほど装飾がないけれど、これだけで機能的には問題がありません。ここに手を置くと、魔力量によって光の量が変わる。それは同じです」


 ダルバード先生は透明な板の部分をさした。私は頷いた。


 期待して落とされる。

 一番心が傷つくものだと、経験からわかっていた。


 それに、ダルバード先生の期待を裏切ることも。


 私は暗い気持ちになりながら、そっと手を差し出した。


「ここです。大丈夫、こわくないですよ」


 ダルバード先生が、私の気持ちを見透かしたように優しく囁く。私の手をとり、魔導具まで誘導してくれる。かさかさしていて温かな手。


 少しだけ心が落ち着くのを感じた。


 ダルバード先生は、きっと駄目でも私を見捨てない。

 叩かない。


 無視したりしない。


 目をつむって、大きく息をする。

 大丈夫、大丈夫。


 いい人間もいる。わかってきた。


 だから、駄目でも大丈夫。


「……よろしくお願いします」


 私が手を置くと、ダルバード先生は私の目をじっと見て、にこりと笑った。そして、魔導具にダルバード先生が触れると、まばゆく宝石が光った。


「……っ。これは……」


「やっぱり、そうだったのか」


 あまりの光の強さに驚いたけれど、ダルバード先生は落ち着いた様子でただ頷いた。


「あの……前と違います。前の時は本当に少しだけ光ったんです。……光った方が魔力がないとかっていうことはない、ですよね?」


 信じられない気持ちで、宝石を見つめる。手を離したら、ゆっくりと光は消えていった。


 光が消えた宝石を見ると、やっぱり幻だったような気がする。

 私の願望が作り出した光のような。


「もちろん、光った方が魔力が強いです。だから、君の魔力は通常の人間よりもずっと多い。……魔術師になることができるようなレベルだと思います」


 ダルバード先生の言葉が、私の中に響いた。


 駄目じゃない。

 魔力があった。


 ……私に、人並み以上の魔力が。


 ゆっくりと私の中に降りてきた言葉は、涙となって零れ落ちた。


「私、何も持ってないわけじゃ……なかったんですね」


「そうです」


 涙を流す私に、そっとダルバード先生がハンカチを差し出してくれる。

 良かった。


 ……私でも、魔力があれば、何かできるかもしれない。

 誰かの役に立つことができるのかもしれない。


 そう思ったら、また涙が出てきた。


「でも、どうして……」


 あの時は、確かに魔力はほぼないという事だった。

 あのどうしようもない空気が夢であったはずがない。


 私のつぶやきに、ダルバード先生はため息をついた。


「クローディア様は、母君から、何か貰いませんでしたか?」


「……魔石のブレスレットが、ありました。母が、私が産まれたのを記念して作ってくれたと聞いています」


「魔石の……そうでしたか。もしかして、今は手元にありませんか?」


 あれは、フラウが持っている。

 たくさん持っているはずの魔石に紛れて、使われているとは思えない。


 そんなに大きくない魔石。


 ただ、私から奪い取る為だけに、私を傷つける為に。欲しくもないのに。


 ぎゅっと苦しくなる。


「……ありません」


「そうだったのですね」


 やっとのことでそれだけ言えた私の様子で悟ったのか、ダルバード先生はそれ以上聞かなかった。


 沈黙が有り難かった。


 ぐずぐずと泣いていた私の涙が止まったころ、ダルバード先生はにっこり私に笑いかけた。


「何か食べながら、話しましょう。私の知っている事を、お伝えします」

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