「よろしくお願いいたします。ダルバード先生」
ルシウス様と会ったことで、私はすっかり調子を取り戻していた。
とても現金だ。
現金な私は、ダルバード先生との授業も久しぶりな気がしてしまう。前回は全く集中できていなかった。
そんな私を怒りもせずに、ダルバード先生は優しく微笑んだ。
「今日は、魔力量をはかりましょう」
今まで入った事のない部屋は、ダルバード先生の研究室らしい。
ルシウス様の執務室と同じぐらいの広さで、しかし棚や机の上には所狭しと色々なものが置いてある。
書類もつみあがっていて、ダルバード先生の人柄が垣間見えて微笑ましい。
見たこともない魔導具がたくさんあるこの部屋には、不思議な気配が広がっている。
「はい。……あの、魔力量は、教会の方でしか計れないと聞いたのですが」
そう、あの時も教会から魔力を計りに来ていた。
家族が揃って、私の魔力を測ったあの日。
魔力は神様からの贈り物。だから、教会の管轄だと聞いた。ただし、家に来てもらうのは多額の寄付が必要なので、私の魔力量をはかった後、父に無駄金だったと叩かれた。
叩かれる私を見て、司祭様は気の毒そうにしたものの、何も言わなかった。
……フラウの時は、私はすでに呼ばれもしなかった。
「教会のものに測れて、何故私に測れないと思ったんでしょうか?」
ふふ、と笑って言うダルバード先生は自信に満ちていた。
そうだ、凄い人だったんだ! と思い出し慌てて謝る。
「すいません! ダルバード先生なら大丈夫だと忘れていました……!」
「ははは、冗談ですよ。けれど、あの魔導具はそこまで複雑じゃない。個人的に作れますよ」
「……ぜったい、うそです」
いくらなんでも簡単に作れるものじゃないことぐらいは、私にもわかる。
教会があんなに寄付金を受け取ることができるのは、他ではできない技術だからだ。
ダルバード先生の凄さが、また一段謎に包まれた。
底知れないダルバード先生は、楽しそうに一つの魔導具を机の上に置いた。
透明な板の上に、大きな宝石が付いている。
簡素な見た目だ。しかし、中にはとてもたくさんの魔法陣が組まれているに違いない。
「これが、魔力を測る魔導具です。教会のものほど装飾がないけれど、これだけで機能的には問題がありません。ここに手を置くと、魔力量によって光の量が変わる。それは同じです」
ダルバード先生は透明な板の部分をさした。私は頷いた。
期待して落とされる。
一番心が傷つくものだと、経験からわかっていた。
それに、ダルバード先生の期待を裏切ることも。
私は暗い気持ちになりながら、そっと手を差し出した。
「ここです。大丈夫、こわくないですよ」
ダルバード先生が、私の気持ちを見透かしたように優しく囁く。私の手をとり、魔導具まで誘導してくれる。かさかさしていて温かな手。
少しだけ心が落ち着くのを感じた。
ダルバード先生は、きっと駄目でも私を見捨てない。
叩かない。
無視したりしない。
目をつむって、大きく息をする。
大丈夫、大丈夫。
いい人間もいる。わかってきた。
だから、駄目でも大丈夫。
「……よろしくお願いします」
私が手を置くと、ダルバード先生は私の目をじっと見て、にこりと笑った。そして、魔導具にダルバード先生が触れると、まばゆく宝石が光った。
「……っ。これは……」
「やっぱり、そうだったのか」
あまりの光の強さに驚いたけれど、ダルバード先生は落ち着いた様子でただ頷いた。
「あの……前と違います。前の時は本当に少しだけ光ったんです。……光った方が魔力がないとかっていうことはない、ですよね?」
信じられない気持ちで、宝石を見つめる。手を離したら、ゆっくりと光は消えていった。
光が消えた宝石を見ると、やっぱり幻だったような気がする。
私の願望が作り出した光のような。
「もちろん、光った方が魔力が強いです。だから、君の魔力は通常の人間よりもずっと多い。……魔術師になることができるようなレベルだと思います」
ダルバード先生の言葉が、私の中に響いた。
駄目じゃない。
魔力があった。
……私に、人並み以上の魔力が。
ゆっくりと私の中に降りてきた言葉は、涙となって零れ落ちた。
「私、何も持ってないわけじゃ……なかったんですね」
「そうです」
涙を流す私に、そっとダルバード先生がハンカチを差し出してくれる。
良かった。
……私でも、魔力があれば、何かできるかもしれない。
誰かの役に立つことができるのかもしれない。
そう思ったら、また涙が出てきた。
「でも、どうして……」
あの時は、確かに魔力はほぼないという事だった。
あのどうしようもない空気が夢であったはずがない。
私のつぶやきに、ダルバード先生はため息をついた。
「クローディア様は、母君から、何か貰いませんでしたか?」
「……魔石のブレスレットが、ありました。母が、私が産まれたのを記念して作ってくれたと聞いています」
「魔石の……そうでしたか。もしかして、今は手元にありませんか?」
あれは、フラウが持っている。
たくさん持っているはずの魔石に紛れて、使われているとは思えない。
そんなに大きくない魔石。
ただ、私から奪い取る為だけに、私を傷つける為に。欲しくもないのに。
ぎゅっと苦しくなる。
「……ありません」
「そうだったのですね」
やっとのことでそれだけ言えた私の様子で悟ったのか、ダルバード先生はそれ以上聞かなかった。
沈黙が有り難かった。
ぐずぐずと泣いていた私の涙が止まったころ、ダルバード先生はにっこり私に笑いかけた。
「何か食べながら、話しましょう。私の知っている事を、お伝えします」