「そ、うなんですね」
嬉しい嬉しい嬉しい。
ミッシア夫人の色を見ようなんて思いすら抜けて、私はただにやにやしないように顔をおさえることに必死だった。
ドレスを脱がされそうになり、私は一つの事に気が付いた。
「あの……私、背中に傷があり人に見せたくないのです」
危なかった。私の背中は無数の傷がある。
「大丈夫です。コルセットがあるから見えませんわ。どうしても気になるようであれば、着替えの最中は見えないよう、布をかけますので」
ミッシア夫人は優しく微笑み、私は安心した気持ちで頷いた。
でも、そんな風に思えたのは、ここまでだった。
「さあ、順番に着てみましょう!」
「順番に……?」
「ええ、実際にクローディア夫人を見て、私が似合うと思うものもいくつか用意しますわ! 楽しみですわね」
楽しそうに手を叩いたミッシア夫人は、有無を言わせぬ迫力で私の手を取った。
*****
「これで、最後ですわ。クローディア夫人はどれが気に入ったかしら」
着替えてルシウス様の前に行って、また着替えてルシウス様の前に行って。
これがどうやら最後のドレスのようで、私はミッシア夫人の言葉にほっとした。
ルシウス様は私のドレスを見ることに退屈を覚えないのか、どれも楽しそうに見てくれていたのだけが救いだ。
「ええと、ええと」
十三着。私が着たドレスの数だ。
数は覚えていても、もはやどれが良かったかは思い出せない。私からすればどれもが素晴らしく素材もとても高そうで、美しいドレスだった。
これなら緊張しないというものは一つもなく、この間舞踏会で着たドレスと遜色がない程に高価そうだった。
この中で一番安いものはどれなのか。
そう聞きたいけれど、とてもじゃないけれど聞ける雰囲気ではない。
私が迷っていると、ルシウス様が私の事を見た。
「どれも良かった。全て貰おうじゃないか」
「あらあら、まあまあ」
ルシウス様の言葉に、周りがざわりとするのが感じられた。
しんとした店の中、ミッシア夫人の、嬉しそうな声だけが響いた。
*****
「全てのドレスを買うだなんて……」
お店を出ると、緊張の糸が切れたのかすっかりぐったりとしてしまった。
「疲れたようだな。この後は休憩がてら有名なケーキのお店にでも行こうか」
「わっ。それは食べてみたいです……!」
奪われていた気力が回復するのを感じていると、ふいに私の名前が呼ばれた気がした。
振り返ると、フラウが立っていた。
「えっ、フラウ……」
彼女は従者を従え、買い物途中のようだった。同じ店に来たところだったのかもしれない。
ちらりと私たちが出てきたお店を見て、怒りに満ちが顔をした。
「そのお店……もしかして、ドレスを買ったのかしら」
フラウの硬い声に、私は一瞬怯んだ。しかし、なんとか笑顔を作り頷いた。
「ええ、ルシウス様が私に贈ってくださったの」
「ビアライト公爵様が……」
「ええ、彼女はどのドレスもとても似合っていて、着たもの全て買ってしまった。選べなかったんだ」
「ここのドレスを、何着も……!?」
フラウの顔で、その額が大変なものになるだろうという事を改めて知ってしまう。
大丈夫なのだろうか。
「ルシウス様……あの、やっぱり全部買わなくても」
「いいんだ。君はドレスが足りなすぎる。……結婚の時にもほとんど持ってこなかっただろう?」
ルシウス様がちらりとフラウの事を見ると、フラウはびくりと肩を震わせた。
「お姉様は、何もいらないと置いていってしまったのよ。我がままなんです」
「確かに、公爵家夫人としてドレスは新調したほうがいい。クローディアは良くわかっている」
ルシウス様が頷く。
「……それでも、あんな高価なものをたくさん買い与えるなんて、過剰すぎますわ!」
フラウが怒りを抑えきれない様子で声を荒げる。
その目には、明らかな嫉妬と苛立ちが浮かんでいた。
「フラウ嬢」
ルシウス様が静かに口を開いた。その声には威圧感こそないものの、冷たさが滲んでいる。
「君がそれをどう思おうと、私がクローディアに贈るものに口を出す権利はない。彼女は私の妻であり、公爵家の夫人だ。その立場にふさわしい装いを整えるのは当然のことだ」
「お姉様はただ幸運で、良い夫を手に入れただけだわ。無能だったくせに、こんな風に過ごしているなんて。お姉様には全然似合わないわ」
フラウは馬鹿にしたように私の事を詰った。
いつもの事だ。
けれど、今はそれを見過ごすことはできない。
「フラウ、ルシウス様は正しく素晴らしい人だわ。私が結婚したのは確かに幸運だったわ。……けれど、ルシウス様の前で私の事を貶めるのは、ルシウス様にも失礼なことなのよ」
私の言葉に、フラウは口をつぐみ、私をにらみつけた。
しかし、結局何も言わずにその場を足早に去っていった。
「……ごめんなさい、妹が」
「いや、いい。……当然、ドレスを贈るだけの価値が、クローディアにはある。さあ、ケーキを食べに行こう」
ルシウス様が優しく言ってくれて、私は頷いた。
……フラウはいらだった様子だった。私と会っただけではなく。
なんだか嫌な予感がする。
「どんなケーキがあるのでしょう」
その暗い予感を無視して、私はルシウス様の腕にそっとつかまった。