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50 ドレスを買うためのドレス

「……ドレスを買うためのドレスが必要な理由がわかる気がしました」


「ちょっと何を言っているかわからないな」


 朝食の後、ルシウス様からお出かけのお誘いで、私は手持ちのドレスのどれを着ようかと迷っていた。

 この屋敷に来てから、私のクローゼットにはいくつのも素敵なドレスがかかっている。


 何を着ても、華やかに見える。


 ルシウス様と何かお揃いとかにしてもいいのかしら、ばれちゃうかな……とうきうきと手に取ろうとすると、後ろから厳しい声がした。


「違います、クローディア様」


 ミーミアから険しい顔で、私の行動を止められる。


「えっ。何が違ったのかしら。あ、こんな浮かれてドレスを着るのではなく、街になじむような前の服を用意した方が良かった……!? でもあれで、ルシウス様の隣に並んで大丈夫だったかしら……」


 ルシウス様は隙のない服を着ていることが多いし、部屋着でさえも素敵だ。ルシウス様が庶民のような服を着ていても……なんだか目立つような気がする。


 私が唸っていると、ミーミアが首を振った。


「違います。今日は新しいドレスを着てください。ミシッラ夫人が開いているブティックに行くのです、それなりのドレスでなくてはいけません」


「……? ドレスを買いに行くための、ドレス?」


「ええ」


 当然だと頷いたミーミアの言葉が、全くわからなかった。

 けれど今はわかる。


 ここはお店というよりは、サロンだ。


 ルシウス様に連れられて、センスがいいけれど大きな看板もないお店に不思議に思いつつ一歩入ると、たくさんの人がいた。

 お店の中は華やかな色とりどりのドレスであふれていて、何人もの貴族らしき人が楽しそうに歓談していた。


 その中でも、とりわけシンプルなドレスを着た、きりっとした化粧をした女性の方が一歩前に出てきて、私たちに笑いかけてきた。


 私たちよりも大分年上のこの女性は、きっとミッシラ夫人なのだろう。元伯爵令嬢で、今は商家に嫁いでこのお店を開いているとのことだ。


 見る目が確かで、流行りにも敏感な彼女のドレスはとても人気だそうだ。


「いらっしゃいませ、ビアライド公爵様。夫人もご一緒なんですね、歓迎いたしますわ」


 彼女の目は私をちらりと見た後、意味深な微笑みを浮かべた。


 店の中は高級感があり、選ばれたものしか入れないという空間という優雅さがあった。

 私を値踏みするような視線に、私はしっかりとほほ笑んだ。


「ミッシア夫人、あなたのドレスはとても評判なので楽しみにしていたの。是非色々見せてほしいわ」


 彼女は庶民で、私たちは公爵家だ。


 堂々としていなければいけない。私は傲慢に見えないよう、それでも威厳と優雅さが見えるように気を付けた。


 ……ルシウス様は自然にしているのに、全てが堂々としていて羨ましい。


 人々の視線は、決して好意的ではない。それは舞踏会もここも同じだ。


「私の妻、クローディアだ。彼女にふさわしいものを見繕ってくれ」


「かしこまりました」


 その言葉はまるで、ルシウス様が私の価値を当たり前のように認めているかのようだった。特別な感情を込めたわけではないだろうけれど、私の振る舞いが正解だったように感じてほっとする。


「クローディア様、お部屋はこちらでございます」


「はい」


 どうやら、別室でドレスを見るようだ。

 ルシウス様は、別に案内されたこの部屋のソファに座っている。


 振り返ると、にこりと微笑んだ。


「着替えてくるのを、ここで楽しみにしているよ」


 周囲の視線が私に集まっているのを感じる。誰もが歓談に興じているようにしつつも、ちらちらとこちらをうかがっている。


 貴族とは、大変だ。

 私の知らない世界がここにあるのだ。


「ルシウス様から頂いていたお話をもとに選ばせていただきました」


「ルシウス様が……?」


「ええ、似合いそうなもの、と好きそうなもの、ということで聞いた色や形を用意してあります」


 自信ありげに、ミッシア夫人が微笑んだ。


 部屋には十着以上のドレスが並んでいて、確かにどれもすごくすごく素敵だった。


「どれも、綺麗ですね……」


「ビアライド公爵様は、クローディア夫人を大事に思っているのですね」


「えっ。そ、そんな……」


 誉められて、うっかり慌ててしまった。あんなに気を付けていたのに、ルシウス様の話が出てきた途端にわっとなってしまった。


 そんな私を見て、ミッシア夫人はフフッと笑った。


「ビアライド公爵の服は、いくつも手掛けさせていただいているのです。好みをおっしゃることは殆どありませんでした。なので、今回ご連絡をいただいた時は驚いたのですよ」


 秘密を教えるように、ミッシア夫人は顔を近づけてひっそりと囁いた。


 その内容に、私はすっかり頬が赤くなってしまうのを感じた。


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