「……眩しい」
明るい光が目に入り、私はぼんやりと目を開いた。
一瞬どこにいるかわからなくなってしまったが、そうだ、ルシウス様の部屋だったと思いだす。
「大分ゆっくり眠っていたな。おはようクローディア」
「んん、おはようございます。ルシウス様は……眠れましたか?」
目をこすりながら体を起こすと、ルシウス様は優雅にソファに腰かけてお茶を飲んでいた。
おはよう、の挨拶はなんだかとっても照れくさい。
けれどベッドの隣は広くて、寂しい。
「……大丈夫だ」
なんだか全然大丈夫そうではない。
目は少し赤いし、疲れが見える。
……一緒に寝て欲しいと感情のままに言ってしまったけれど、人が居ては眠れないタイプだったのかもしれない。
悪い事をしてしまった。
私はというと、驚くほどにゆっくりと眠れた。
こんなに安心して、安全な気持ちで眠れたのは初めてだ、と思うほどに。
「クローディアは、身体はどうだ? 魔力は戻ったか」
「はい、ルシウス様のおかげでよく眠れたみたいで、手足も動きます」
上下にぐるぐると動かしてみせると、ルシウス様は可笑しそうに笑った。
「くくっ、動物みたいだな」
楽しそうに笑う彼に、すっかり恥ずかしくなってしまった私は、ベッドに潜って顔を隠した。
「……そんな仕草ばかりで、よく私に眠れたかなんて聞けるものだ」
ルシウス様が呆れたようにつぶやいたのが聞こえ、私は慌てて顔を出した。
「え……? わ、私、何かしましたか?」
彼の言葉の意味が掴めず、じっとルシウス様を見つめる。けれど、ルシウス様は首を振っただけで何も教えてはくれなかった。
「なんでもない。クローディアが良く眠れてよかった」
ルシウスは穏やかな口調で言いながら微笑み、それがなんだかとても気恥ずかしくて、頬がじわりと赤く染まるのを感じた。
「あ、ありがとうございます」
「さあ、紅茶を用意してある。朝にふさわしい、いい香りのものだ。それに、朝食も部屋に用意してもらうようにしてある。……もう、昼に近いけれど」
「そんなに寝てしまっていましたか……!?」
「魔力切れであれば、もっと寝ていてもおかしくなかった。大丈夫で、ほっとしているぐらいだ」
「すいません……」
「いや、謝らなくていい。むしろ、昨日はありがとう。助かった……それに、君をもっと頼ろうと思うよ、クローディア」
ルシウス様が、私の欲しかった言葉を言ってくれた。
頼ろうと思う。
嬉しい。
その嬉しさのまま、私はベッドから飛び出してルシウス様の近くに走った。
「うわ、わ」
ルシウス様は私の行動に目をぱちぱちとさせた。
「嬉しいです。私の事、頼るって言ってくれて」
ルシウス様は持っていたカップをおいて、目を細めた。
「頼ると言ってお礼を言われるだなんて不思議な気分だ。……ビアライド夫人、一緒に朝食をとりましょう」
「……! ええ、是非」
ルシウス様がベルを鳴らし、グライツが入ってきた。彼は部屋に入って私を見つめ、目を瞬いた。
昨日のグライツとのやりとりを思い出して、私はグライツに駆け寄った。
「昨日はごめんなさい。それでも、やっぱり、私は」
謝ると、グライツは悲しそうに微笑んだ。
「いいんです。……ルシウス様に、誰かが必要なのかもしれないとは、思っていたんです。ただ……」
「私は頼りないと思うけれど、きっと役に立つように頑張るわ。あなたにも、助けてほしい」
グライツの気持ちはわかる。
ルシウス様の過去を思えば、私が急にかき乱してはいけないと思う彼の気持ちは、良くわかった。
けれど。
グライツはルシウス様の一番信用している部下で、一緒に協力していきたいと思った。
私は、ルシウス様の魔獣化に対する手助けをしたい。
「ええ、わかりました。クローディア様」
妙にさっぱりとした顔で、グライツが微笑んでくれた。
私も嬉しくなって、一緒に微笑む。
「……二人は何をこそこそ話しているんだ」
ルシウス様の不思議そうな声で、私ははっとなった。
思わず話してしまったけれど、ルシウス様には聞こえない位置でよかった。
グライツは気が付いていて、だからこそ話してくれたのかもしれない。
「では、朝食を用意いたします」
もう朝ではないらしいのに、グライツは自然に礼をして朝食を持ってきてくれた。
サラダに目玉焼きとハム、焼き立てのパンという昨日と同じメニューが用意された。
なのに、昨日とは違って、とてもおいしそうに見える。
……私ってば、こんな現金だったのね。
自分の気持ちにあきれながらもルシウス様を見ると、目が合った。
「今日は、君のドレスを見に行こうか。この間の舞踏会では、勝手に選んでしまったから」
微笑まれ、私は胸がぎゅっとなるのを感じた。
……こんな幸せで、いいのだろうか。