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49 しあわせすぎる朝

「……眩しい」


 明るい光が目に入り、私はぼんやりと目を開いた。

 一瞬どこにいるかわからなくなってしまったが、そうだ、ルシウス様の部屋だったと思いだす。


「大分ゆっくり眠っていたな。おはようクローディア」


「んん、おはようございます。ルシウス様は……眠れましたか?」


 目をこすりながら体を起こすと、ルシウス様は優雅にソファに腰かけてお茶を飲んでいた。


 おはよう、の挨拶はなんだかとっても照れくさい。

 けれどベッドの隣は広くて、寂しい。


「……大丈夫だ」


 なんだか全然大丈夫そうではない。

 目は少し赤いし、疲れが見える。


 ……一緒に寝て欲しいと感情のままに言ってしまったけれど、人が居ては眠れないタイプだったのかもしれない。

 悪い事をしてしまった。


 私はというと、驚くほどにゆっくりと眠れた。

 こんなに安心して、安全な気持ちで眠れたのは初めてだ、と思うほどに。


「クローディアは、身体はどうだ? 魔力は戻ったか」


「はい、ルシウス様のおかげでよく眠れたみたいで、手足も動きます」


 上下にぐるぐると動かしてみせると、ルシウス様は可笑しそうに笑った。


「くくっ、動物みたいだな」


 楽しそうに笑う彼に、すっかり恥ずかしくなってしまった私は、ベッドに潜って顔を隠した。


「……そんな仕草ばかりで、よく私に眠れたかなんて聞けるものだ」


 ルシウス様が呆れたようにつぶやいたのが聞こえ、私は慌てて顔を出した。


「え……? わ、私、何かしましたか?」


 彼の言葉の意味が掴めず、じっとルシウス様を見つめる。けれど、ルシウス様は首を振っただけで何も教えてはくれなかった。


「なんでもない。クローディアが良く眠れてよかった」


 ルシウスは穏やかな口調で言いながら微笑み、それがなんだかとても気恥ずかしくて、頬がじわりと赤く染まるのを感じた。


「あ、ありがとうございます」


「さあ、紅茶を用意してある。朝にふさわしい、いい香りのものだ。それに、朝食も部屋に用意してもらうようにしてある。……もう、昼に近いけれど」


「そんなに寝てしまっていましたか……!?」


「魔力切れであれば、もっと寝ていてもおかしくなかった。大丈夫で、ほっとしているぐらいだ」


「すいません……」


「いや、謝らなくていい。むしろ、昨日はありがとう。助かった……それに、君をもっと頼ろうと思うよ、クローディア」


 ルシウス様が、私の欲しかった言葉を言ってくれた。


 頼ろうと思う。


 嬉しい。

 その嬉しさのまま、私はベッドから飛び出してルシウス様の近くに走った。


「うわ、わ」


 ルシウス様は私の行動に目をぱちぱちとさせた。


「嬉しいです。私の事、頼るって言ってくれて」


 ルシウス様は持っていたカップをおいて、目を細めた。


「頼ると言ってお礼を言われるだなんて不思議な気分だ。……ビアライド夫人、一緒に朝食をとりましょう」


「……! ええ、是非」


 ルシウス様がベルを鳴らし、グライツが入ってきた。彼は部屋に入って私を見つめ、目を瞬いた。


 昨日のグライツとのやりとりを思い出して、私はグライツに駆け寄った。


「昨日はごめんなさい。それでも、やっぱり、私は」


 謝ると、グライツは悲しそうに微笑んだ。


「いいんです。……ルシウス様に、誰かが必要なのかもしれないとは、思っていたんです。ただ……」


「私は頼りないと思うけれど、きっと役に立つように頑張るわ。あなたにも、助けてほしい」


 グライツの気持ちはわかる。

 ルシウス様の過去を思えば、私が急にかき乱してはいけないと思う彼の気持ちは、良くわかった。


 けれど。

 グライツはルシウス様の一番信用している部下で、一緒に協力していきたいと思った。


 私は、ルシウス様の魔獣化に対する手助けをしたい。


「ええ、わかりました。クローディア様」


 妙にさっぱりとした顔で、グライツが微笑んでくれた。

 私も嬉しくなって、一緒に微笑む。


「……二人は何をこそこそ話しているんだ」


 ルシウス様の不思議そうな声で、私ははっとなった。

 思わず話してしまったけれど、ルシウス様には聞こえない位置でよかった。


 グライツは気が付いていて、だからこそ話してくれたのかもしれない。


「では、朝食を用意いたします」


 もう朝ではないらしいのに、グライツは自然に礼をして朝食を持ってきてくれた。

 サラダに目玉焼きとハム、焼き立てのパンという昨日と同じメニューが用意された。

 なのに、昨日とは違って、とてもおいしそうに見える。


 ……私ってば、こんな現金だったのね。


 自分の気持ちにあきれながらもルシウス様を見ると、目が合った。


「今日は、君のドレスを見に行こうか。この間の舞踏会では、勝手に選んでしまったから」


 微笑まれ、私は胸がぎゅっとなるのを感じた。


 ……こんな幸せで、いいのだろうか。


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