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48 人の気も知らないで

 ルシウス様のお話に、私は言葉を失った。


「それで、その後はしばらく魔物になっていた、はずだ。伏せられてはいるが、この屋敷の者は知っているだろう。この屋敷の静寂が、証明している」


「そんな……。その魔法使いは、一体何者だったのですか」


「魔法使いというよりは、呪術師だ。その後、調べた結果呪術に傾倒した男の名前が浮かび上がったが、それも意味のない事だった」


「もしかして」


「そうだ。彼は自害していた。父が計画を書いた手紙を、グライグに託していた。そのおかげで皆が無事だった。……私も、魔物付きになったが、皆を傷つけずにすんだ」


「ルシウス様の、お父様が……」


 ルシウス様は、涙が浮かぶ私の頭をそっと撫でてくれた。その手は優しくて、彼が受けた傷はどれほどだったのだろうと思うと、胸がつぶれそうに悲しかった。


「この魔獣になるのは、私の責任なのだ。君を傷つけてまで楽になりたいと思わない」


 安心させるように微笑んだルシウス様は、自分の事を責め続けているのだ。


 父と、兄の死を背負って、自分を殺して。


 だから。

 だから、ルシウス様は、色が見えない。


 きっと、そうなんだ。


 そう思った瞬間、私は涙が止まらなくなってしまった。

 涙が次々と流れて、苦しくなる。


「うわ、わ、クローディア!」


 ルシウス様が慌てて私の身体を抱き起してくれる。隣でルシウス様にもたれかかり、肩を抱かれる。


 あたたかい。


 とても夢心地になるような体勢なのに、私は大量の涙は私の顔をぐしゃぐしゃにして、鼻水まで出てしまう。


 ルシウス様は、ハンカチでごしごしと私の顔を拭った。


「……すいませんんんん……恥ずかしい……」


「大丈夫だ。……自分の涙に溺れるのかと思ったけれど」


「生きてました。ううう、すいません……」


「昔話だ。大丈夫だ。……私は、ビアライド公爵なのだから」


「……、私」


 強い意志を感じるルシウス様の言葉。


 聞くものの心を強くとらえる、ルシウス様の瞳。

 完璧な貴族。


 けれど、私はそれでも嫌だった。


 自分の事を俺というルシウス様が、楽しげに笑うルシウス様が、見たかった。


「私は、ルシウス様の妻なのです。ビアライド夫人です」


「……それは、契約外だ」


 ルシウス様は、私を拒否した。


 グライグには、ルシウス様が拒否した場合は諦めると伝えた。

 でも、駄目だった。


「それでも! 私はあなたの力になりたいのです、ルシウス様……!」


 私は、ドートン家では必要とされていなかった。

 無能だから、仕方がないと思っていた。


 ……でも、もし無能だとしても、私はルシウス様の為に何かがしたい。


「クローディア……」


「ルシウス様、何も役に立たなくてもいいんです。何をされてもいいんです。どうなったっていい」


 ルシウス様は、私の必死な訴えに、ぎゅっと肩を抱く手に力を込めた。


 そのままもう一度、顔を拭われる。

 そして、優しく頬を撫でた。


「……そんな事を、軽々しく言うな」


 優しい口調で、ルシウス様は目を逸らして私の事を寝かせた。


「ルシウス様……」


「今日はここで寝なさい。明日には魔力が回復しているはずだ」


「ルシウス様は……?」


「私は、執務室で休む。だから、安心していい」


 ルシウス様は私の肩をトントンと叩きそういったけれど、全然安心じゃない。


「ルシウス様と一緒に寝たいです」


「……!」


 驚いた顔のルシウス様に、私はもう一度伝える。


「ルシウス様と、一緒に、このベッドで」


「……意味がわかっているのか」


「……意味?」


 一緒にベッドに寝る以上の意味とは何だろう。不思議に思っていると、ルシウス様はため息をついて隣に転がった。


「そんな油断して……知らないぞ」


「ルシウス様の隣が、安心します。……いつから、でしょうか」


 私がそう素直な気持ちで伝えると、ルシウス様はぐぐぐっと言葉に詰まった。


「ルシウス様?」


 迷惑だっただろうか。そう思うが、ルシウス様の顔は、彼の腕が乗せられていて全く見えなかった。


「早く寝なさい、隣に居るから」


 まるで教師みたいな言い方で、でも優しくて、私は安心した気持ちで目を瞑る事が出来た。

 魔力不足は体力を奪われるのか、目を瞑るとあっという間に眠気はやってきて、私はすぐに意識を手放した。


「人の気も知らないで」


 何か聞こえた気がしたけれど、私はルシウス様の気配を感じながら、ゆっくりと眠る事が出来た。


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