ルシウス様のお話に、私は言葉を失った。
「それで、その後はしばらく魔物になっていた、はずだ。伏せられてはいるが、この屋敷の者は知っているだろう。この屋敷の静寂が、証明している」
「そんな……。その魔法使いは、一体何者だったのですか」
「魔法使いというよりは、呪術師だ。その後、調べた結果呪術に傾倒した男の名前が浮かび上がったが、それも意味のない事だった」
「もしかして」
「そうだ。彼は自害していた。父が計画を書いた手紙を、グライグに託していた。そのおかげで皆が無事だった。……私も、魔物付きになったが、皆を傷つけずにすんだ」
「ルシウス様の、お父様が……」
ルシウス様は、涙が浮かぶ私の頭をそっと撫でてくれた。その手は優しくて、彼が受けた傷はどれほどだったのだろうと思うと、胸がつぶれそうに悲しかった。
「この魔獣になるのは、私の責任なのだ。君を傷つけてまで楽になりたいと思わない」
安心させるように微笑んだルシウス様は、自分の事を責め続けているのだ。
父と、兄の死を背負って、自分を殺して。
だから。
だから、ルシウス様は、色が見えない。
きっと、そうなんだ。
そう思った瞬間、私は涙が止まらなくなってしまった。
涙が次々と流れて、苦しくなる。
「うわ、わ、クローディア!」
ルシウス様が慌てて私の身体を抱き起してくれる。隣でルシウス様にもたれかかり、肩を抱かれる。
あたたかい。
とても夢心地になるような体勢なのに、私は大量の涙は私の顔をぐしゃぐしゃにして、鼻水まで出てしまう。
ルシウス様は、ハンカチでごしごしと私の顔を拭った。
「……すいませんんんん……恥ずかしい……」
「大丈夫だ。……自分の涙に溺れるのかと思ったけれど」
「生きてました。ううう、すいません……」
「昔話だ。大丈夫だ。……私は、ビアライド公爵なのだから」
「……、私」
強い意志を感じるルシウス様の言葉。
聞くものの心を強くとらえる、ルシウス様の瞳。
完璧な貴族。
けれど、私はそれでも嫌だった。
自分の事を俺というルシウス様が、楽しげに笑うルシウス様が、見たかった。
「私は、ルシウス様の妻なのです。ビアライド夫人です」
「……それは、契約外だ」
ルシウス様は、私を拒否した。
グライグには、ルシウス様が拒否した場合は諦めると伝えた。
でも、駄目だった。
「それでも! 私はあなたの力になりたいのです、ルシウス様……!」
私は、ドートン家では必要とされていなかった。
無能だから、仕方がないと思っていた。
……でも、もし無能だとしても、私はルシウス様の為に何かがしたい。
「クローディア……」
「ルシウス様、何も役に立たなくてもいいんです。何をされてもいいんです。どうなったっていい」
ルシウス様は、私の必死な訴えに、ぎゅっと肩を抱く手に力を込めた。
そのままもう一度、顔を拭われる。
そして、優しく頬を撫でた。
「……そんな事を、軽々しく言うな」
優しい口調で、ルシウス様は目を逸らして私の事を寝かせた。
「ルシウス様……」
「今日はここで寝なさい。明日には魔力が回復しているはずだ」
「ルシウス様は……?」
「私は、執務室で休む。だから、安心していい」
ルシウス様は私の肩をトントンと叩きそういったけれど、全然安心じゃない。
「ルシウス様と一緒に寝たいです」
「……!」
驚いた顔のルシウス様に、私はもう一度伝える。
「ルシウス様と、一緒に、このベッドで」
「……意味がわかっているのか」
「……意味?」
一緒にベッドに寝る以上の意味とは何だろう。不思議に思っていると、ルシウス様はため息をついて隣に転がった。
「そんな油断して……知らないぞ」
「ルシウス様の隣が、安心します。……いつから、でしょうか」
私がそう素直な気持ちで伝えると、ルシウス様はぐぐぐっと言葉に詰まった。
「ルシウス様?」
迷惑だっただろうか。そう思うが、ルシウス様の顔は、彼の腕が乗せられていて全く見えなかった。
「早く寝なさい、隣に居るから」
まるで教師みたいな言い方で、でも優しくて、私は安心した気持ちで目を瞑る事が出来た。
魔力不足は体力を奪われるのか、目を瞑るとあっという間に眠気はやってきて、私はすぐに意識を手放した。
「人の気も知らないで」
何か聞こえた気がしたけれど、私はルシウス様の気配を感じながら、ゆっくりと眠る事が出来た。