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46【SIDEルシウス】兄の指輪

 ルシウスの予想通り、兄は死んだ。


 王からの言葉は幾重もの装飾に飾り立てられていたが、結局はそういうことだった。

 戦の中で、勇敢に死んだ。


 ……まず、間違いなく嘘だった。


 兄はどうやったかはわからないが、自分が死んだときにはビアライド家が有利になるような交渉をいくつも結んでいた。


 何かしらの証拠があったに違いない。

 それでも、兄は行ってしまった。


 生きていればよかったのに、それだけで。


 二人でいれば、死ななくても、ちゃんと地位をもっと確立させることなんてできたのに。


 ルシウスは、どうしてなのか全くわからなかった。



「何故おまえが生きているんだ」


 父には、もっとわからなかったようだった。


 どうしてスペアであるはずのルシウスが生きているのか。


 どうして後継ぎであるギルジードが死んでしまったのか。


「わかりません、父上。ただ、兄の分までこの家のことは私が」


 言い終わらないうちに、グラスが飛んできた。

 今度は、避けなかった。


 血が出て、怪我の部分が熱くて、なんで生きているんだろうとルシウスは思った。


「どうして生きているんだ、ルシウス」


「申し訳ありません、生きてて、申し訳ありません」


 父の疑問は何度も繰り返され、ルシウスは謝る事しかできなかった。


 でも、強ければ。

 あの時、兄の代わりに自分が出兵できていればこんな事にはならなかった。


 自分が強ければ、父は強いものを行かせる、と言い訳できた。

 兄を行かせることはなかった。


 だから、これは自分の責任だ。


 父が狂ってしまったのも、兄が死んでしまったのも。


 魔術が好きだなんて言っている場合ではなかったのだ。兄を支えられるなどと、驕っていた。

 あの時、家のためにやるべきことは、死ぬぐらい魔術を極める事だったのだ。

 苦しくて苦しくて。


 でも、兄の代わりにならなければいけなくて。


 父の疑問にも答えなければいけなくて。


 ここで死ぬことは出来ない、楽になってはいけない、家を繁栄されなければいけない。


 ルシウスは、今度こそ必死で働いた。

 そうこうしているうちに、1年がたった。


 戦争はまだ続いていた。


「ルシウス」


 久しぶりに父に名前を呼ばれたのは、父の代わりに執務を行っているときだった。この時にはもうルシウスは執務の大半を行っていた。


 父は、引きこもったかと思えばどこかへ出かけたりしているようだった。しかし、ルシウスは忙殺されていた為に、父を気にする余裕はなかった。


 もしかしたら、ただ、弱さで目を逸らしていただけかもしれないが。


 ノックもせずに現れた父は、やせ細り、目がぎらぎらと輝いていた。


「父上、どうされましたか」


 ルシウスは立ち上がり、父に駆け寄った。


「ルシウス、お前を強くする方法が分かった。魔物だ」


 父は嬉しそうに笑って、言った。

 父の笑顔を見たのは久しぶりで、ルシウスは心からほっとした。


 だからこの提案がいい話のはずがないとはわかっていたけれど、ルシウスは黙ってついていくしかなかった。


 父は迷いなく屋敷を進んでいく。


 普段行く事のない奥に、すいすいと歩きなれたように進んでいく。

 何か言いようのない気持ちに捕らわれながらも暗い階段を降り、二人は久しく使われていない屋敷の地下室にたどり着いた。


 今では使われていない牢屋を兼ねた場所だ。


 暗く、じめじめとして、音が漏れないこの場所。光も、魔術の灯りがぼんやりとあるだけだ。ルシウスも、一度来たことがあるだけだ。


 ……空気が、淀んでいない。


 使われていないはずの部屋は、じめじめとしているものの、空気が新しく感じた。


「ルシウスを連れてきた」


 父の冷ややかな声が地下室に響く。


「……そうか」


 父の言葉に、低い男の声が答えた。

 部屋の奥の暗がりに、一人の知らない男が立っていた。


「ああ、問題はない」


 薄暗い光の中、古びた木製の扉が軋みを立てて閉じられる音がした。その音に混じるように、不気味な沈黙が場を支配する。


 ルシウスは目の前の男を、じっと見つめた。


 低い声で応じた男はフードをかぶり、いくつもの見たことのないアクセサリを身につけていた。鈍く光る金属や不自然な形状の宝石が、どれも異様な存在感を放っている。


 目の力は強く、父と同じような狂気を感じる。フードに隠れて良く見えあいが、父よりは年上だろう。見知らぬ男だ。


 男は怯んだ様子もなく、ルシウスをただ一目見ただけで父に視線を戻した。


「さあ、はじめましょう」


 彼が何者なのか、何をするつもりなのか、全くわからない。

 それが逆に恐怖を煽る。


「父上、この方は……」


「お前は知らなくていいことだ」


 ルシウスの疑問に、父は短く答えた。


 その目にはいつもの冷淡さだけがあり、ルシウスへの関心や憐れみの色は微塵も感じられなかった。

 それどころか、兄の死後からずっと続いている、父の狂気に満ちた執念だけが垣間見えた。


 ……忘れられるはずはないが。


 同じ影が、ルシウスにもずっと渦巻いている。


「ここに座れ」


 フードの男が一歩前に出ると指で部屋にただ一つ置いてある、中央の椅子を示した。


「……この、椅子に?」


「ルシウス、彼のいうことを聞くんだ。今すぐに」


 父が、決して逆らえない声色でルシウスに命令した。

 びくり、と自然に肩が震える。


 古びて錆びついた拘束具が備え付けられたその椅子に、ルシウスは躊躇しながら腰を下ろした。


「これから、儀式を行います」


 男は淡々と告げた。父が、崇めるようにその男に礼をした。


 父が、頭を下げるだなんて……何者だ。


「材料は、こちらにお持ちしました」


 父が、男に二つの箱を差し出した。

 男は頷き、布をひいた上にその箱から何かを取り出した。


「なんだ……?」


 それは、何か獣か魔獣の死体の一部と、人の手だった。

 その手をぞっとした気持ちで見ていたルシウスは、信じられない事に気が付いた。


 ……見覚えのある、兄の指輪だ。

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