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45【SIDEルシウス】完璧な長男

 ルシウスは、ビアライド家の次男だった。


 完璧な公爵である父と、嫡男である兄ギルジード。

 そしてその兄のスペアであるルシウス。


 最初は教育はふたりに平等に行われた。厳しすぎるほどに。しかし当然というべきか、父は徐々に兄に対しては後継者として育てられ、ルシウスに対しては情熱を失っていった。


 能力的には、どちらも優秀であると言えた。。


 しかし、ギルジードは父に似た完璧な貴族で、ルシウスは魔術に傾倒していた。

 ギルジードは激情的で人の上に立つ魅力があり、ルシウスは慎重派な策略家だった。


 だから、二人なら公爵家をますます支えられると思っていた。


 それに、魔術はルシウスを支えてくれた。

 二人とは違う能力。

 自分の、自分だけの。


「ルシウス、父の背中は遠く厳しいが、二人なら何とかなるはずだ」


「はい、お兄様」


「お前は俺が進みたい道を、精査して、整えろ。お前が付いてくると思えば、俺は間違いなく進めると思う」


「はい!」


 兄はルシウスの魔術を信じてくれていた。


 だから、きっと、父もそうだと思っていた。

 二人で、家を支えると思ってくれていると。


 すっかり、信じていた。


 ……あの時までは。


「王家から、戦争に出兵するようにと達しがあった。……こんな時に、ギルジードを出せと……! 我が家を、抑える為に違いない……!」


 血を吐くような憎しみがこもった言葉を、ルシウスはどうにもならない気持ちで見ていた。


 重い執務室。執務机に座る父の前に、兄ギルジードは立っていた。


 大事な話がある、と父に呼ばれたギルジードは、ルシウスにも来るように言った。

 ルシウスは所在なさげに二人から少し離れたところに立った。


 何故自分も呼ばれたのだろう。


 執務室は何もかもが重厚で、歴史があり、今までのビアライド家の想いが詰まっている。


 ……それは、ルシウスには重すぎるように感じられた。


 もはや怨念のように、父にとりついている。


「大丈夫ですよ、父上」


 ギルジードは、にこやかに答えた。


「ギルジード……」


「我が家は確かに順調です。父上が、いや、代々のビアライド公爵が築いたこの財力に権力……それは今や、王家を超える勢いです」


「その通りだ。王家は、今や力を失いかかっている。彼らは税収のみで、自分たちの財源を失っている。……我が家が大きく動けば、その地位はすぐに危うくなるだろう」


「そうです。……けれど、戦争は貴族の義務です。それとは関係なくいかなければいけない。私にも、その貴族の矜持があります」


 まっすぐに、ゆっくりとほほ笑みながら兄は父に頷いて見せた。

 父は、見入られたように兄を見て、安心したように笑った。


「ああ、流石、私の後を継ぐ息子だ……!」


 やはり兄はすごい。

 そう、素直な気持ちで二人のやりとりを見つめていたルシウスは、こちらを見た父の顔にぞっとした。


 今まで見たことのない、不快なものを見る父の視線。


「ち、父上……?」


「スペアは所詮スペアだ。……ルシウスが、もっと強ければ」


 そう言って、父はギルジードの手を握った。


「ルシウスを出兵させられたのに……、そうすれば、お前を出兵させる事など」


「大丈夫です。それに、ルシウスは立派な魔術師です。このままいけば魔術師団長だって夢ではありません」


 ギルジードがとりなすように伝える。しかし、それは父を激高させただけだった。

 近くにあったグラスを持ち、ルシウスに投げつける。


 ルシウスはとっさに防御壁を張り、それを防いだ。


「ルシウスなど……」


 父は悔しそうに、机をたたいた。


「大丈夫です、父上。必ず、ビアライド家に栄誉を」


「ギルジード……ギルジード……」


 父は下を見て、ただただ兄の名前を繰り返した。

 ルシウスは、どうしていいかわからず、ただそれを見る事しかできなかった。


「大丈夫です。大丈夫」


 兄は、優しく声をかけ続けた。


 気が付けば。ギルジードは眉を下げ、ルシウスの事を悲しそうに見つめていた。


 ……兄は死ぬ覚悟をしているのだ、と何故かルシウスにはわかった。

 だから、兄に自分がこの場に呼ばれたのだとも。


 この兄の遺志を継ぐことを、ルシウスがしなければいけないということも。


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