ルシウスは、ビアライド家の次男だった。
完璧な公爵である父と、嫡男である兄ギルジード。
そしてその兄のスペアであるルシウス。
最初は教育はふたりに平等に行われた。厳しすぎるほどに。しかし当然というべきか、父は徐々に兄に対しては後継者として育てられ、ルシウスに対しては情熱を失っていった。
能力的には、どちらも優秀であると言えた。。
しかし、ギルジードは父に似た完璧な貴族で、ルシウスは魔術に傾倒していた。
ギルジードは激情的で人の上に立つ魅力があり、ルシウスは慎重派な策略家だった。
だから、二人なら公爵家をますます支えられると思っていた。
それに、魔術はルシウスを支えてくれた。
二人とは違う能力。
自分の、自分だけの。
「ルシウス、父の背中は遠く厳しいが、二人なら何とかなるはずだ」
「はい、お兄様」
「お前は俺が進みたい道を、精査して、整えろ。お前が付いてくると思えば、俺は間違いなく進めると思う」
「はい!」
兄はルシウスの魔術を信じてくれていた。
だから、きっと、父もそうだと思っていた。
二人で、家を支えると思ってくれていると。
すっかり、信じていた。
……あの時までは。
「王家から、戦争に出兵するようにと達しがあった。……こんな時に、ギルジードを出せと……! 我が家を、抑える為に違いない……!」
血を吐くような憎しみがこもった言葉を、ルシウスはどうにもならない気持ちで見ていた。
重い執務室。執務机に座る父の前に、兄ギルジードは立っていた。
大事な話がある、と父に呼ばれたギルジードは、ルシウスにも来るように言った。
ルシウスは所在なさげに二人から少し離れたところに立った。
何故自分も呼ばれたのだろう。
執務室は何もかもが重厚で、歴史があり、今までのビアライド家の想いが詰まっている。
……それは、ルシウスには重すぎるように感じられた。
もはや怨念のように、父にとりついている。
「大丈夫ですよ、父上」
ギルジードは、にこやかに答えた。
「ギルジード……」
「我が家は確かに順調です。父上が、いや、代々のビアライド公爵が築いたこの財力に権力……それは今や、王家を超える勢いです」
「その通りだ。王家は、今や力を失いかかっている。彼らは税収のみで、自分たちの財源を失っている。……我が家が大きく動けば、その地位はすぐに危うくなるだろう」
「そうです。……けれど、戦争は貴族の義務です。それとは関係なくいかなければいけない。私にも、その貴族の矜持があります」
まっすぐに、ゆっくりとほほ笑みながら兄は父に頷いて見せた。
父は、見入られたように兄を見て、安心したように笑った。
「ああ、流石、私の後を継ぐ息子だ……!」
やはり兄はすごい。
そう、素直な気持ちで二人のやりとりを見つめていたルシウスは、こちらを見た父の顔にぞっとした。
今まで見たことのない、不快なものを見る父の視線。
「ち、父上……?」
「スペアは所詮スペアだ。……ルシウスが、もっと強ければ」
そう言って、父はギルジードの手を握った。
「ルシウスを出兵させられたのに……、そうすれば、お前を出兵させる事など」
「大丈夫です。それに、ルシウスは立派な魔術師です。このままいけば魔術師団長だって夢ではありません」
ギルジードがとりなすように伝える。しかし、それは父を激高させただけだった。
近くにあったグラスを持ち、ルシウスに投げつける。
ルシウスはとっさに防御壁を張り、それを防いだ。
「ルシウスなど……」
父は悔しそうに、机をたたいた。
「大丈夫です、父上。必ず、ビアライド家に栄誉を」
「ギルジード……ギルジード……」
父は下を見て、ただただ兄の名前を繰り返した。
ルシウスは、どうしていいかわからず、ただそれを見る事しかできなかった。
「大丈夫です。大丈夫」
兄は、優しく声をかけ続けた。
気が付けば。ギルジードは眉を下げ、ルシウスの事を悲しそうに見つめていた。
……兄は死ぬ覚悟をしているのだ、と何故かルシウスにはわかった。
だから、兄に自分がこの場に呼ばれたのだとも。
この兄の遺志を継ぐことを、ルシウスがしなければいけないということも。