優しい明かりに照らされたルシウス様の寝室は、丸みのある優しい雰囲気のものだった。
執務室にあったあのひとり掛け。あれこそが彼の本質なのかもしれない。
ルシウス様は部屋の隅にある棚から茶葉を取り出した。
水差しを手に持ち、魔法でお湯を沸かす。
私も使えるようになりたい魔法だ。
「眠る前なら、このハーブティだ。こんな時間だし、はちみつは少しだけ入れよう。ちゃんと歯は後で磨くように」
軽口をたたきながら、ルシウス様は手慣れた様子でお茶を入れていく。
くすんだグリーンの優しい色合いのティーカップが、目の前に置かれる。
「ありがとうございます。お茶まで入れていただいて」
「知らないだろうが、意外と何でもできる男なんだ」
「知ってます」
「ふふ、そうだったか。……今日は獣人の姿にはなれないんだ、悪いな」
「いえ、大丈夫です。ルシウス様の負担になってしまいますものね」
ルシウス様は私の言葉に、そっと首を振った。
「いや、負担ではないが……あの姿ではさらに、制御できないかもしれない。……でも、どうしたんだ、こんな時間に」
私は、どうしていいかわからずに、ルシウス様が入れてくれたお茶を飲んだ。眠る前にふさわしい落ち着いた香り、優しい甘さ。温かさ。
「あの舞踏会から、ルシウス様と会えなくなって、何かしたかと心配で、居てもたってもいられなくて」
「……そうだったな。驚かせて申し訳なかった。忙しくなってしまい時間がとれなかったんだ」
ルシウス様は、そっと目を伏せた。
「ごめんなさい。ルシウス様が忙しいと知っているのに、こんな……でも、ありがとうございます。本当に」
そもそも、仮初の妻なのだ。
こんな詮索していいはずがない。
それなのに、謝ってくれた。
私は、その気持ちが嬉しくて、暖かい気持ちになった。
これだけで、私は大丈夫だと思えた。
「なんで、お礼なんて」
「私に向き合ってくれて、ありがとうございます。こんな風にお話していただけるのは、本当は欲深すぎるって知っているんです。でも、自分が制御できなくて。……不思議なんです」
じっと我慢するのが、得意だった。
嫌だったけれど、じっとしていればいつか終わると知っていたから。
それなのに、こんな風に言い訳しつつも行動してしまう事に、驚く。
そして、それを受け入れてくれたルシウス様にも。
……私は、しあわせだ。
嬉しくて、ルシウス様の手をそっと握った。
人間の、大きな手。
そっと、その手に頬を寄せる。暖かい。
毛が無い、人間の手。
だけど、とても愛おしい。
頬を付けるとルシウス様の暖かさがすっかり伝わってきて、私はうっとりと目をつむった。
「クローディア」
「本当に、ありがとうございます」
「そんな事、して……そんな、格好で。これじゃあ、もう、俺は」
ルシウス様が、苦しそうに呟いた。
「そんな? ……わ」
ルシウス様の言葉で、やっと自分の格好に気が付いた。
寝る時は昔の自分の服を着ようとしていた私は、ミーミアに必死に止められ、ひらひらとした赤い薄着の寝巻を着せられていたのだ。
寝やすいようにか露出も多めで、今の私は決して人前に出ていい姿ではなかった。
「ご、ごめんなさい」
慌てて両手をクロスさせて胸元を隠す。よく見たら、足もはしたないぐらいに出ている。
恥ずかしくなって、顔が赤くなるのが自分でもはっきりとわかった。
「……それって、もう、そういうことなんだよな」
ルシウス様が、私の手首をそっとつかみ、自分の身体の方へ引き寄せた。
隠していた胸元が見える。
確認するように呟かれ、慌てて上を向くと、ルシウス様の熱に浮かされたような瞳とぶつかった。
「な、なにがですか?」
私は、何が何だかわからずに聞いたけれど、ルシウス様はぎゅっと口を結び、私の事を抱き上げた。
「……こんな時間に、そんな恰好で、そんな可愛い顔をして」
「な、何のことですか」
私の事をベッドの上に、そっと置く。その仕草は優しさにあふれていて、私は少しだけほっとする。
ルシウス様は私のドレス胸元の部分をそっと撫でた。
大きく結んであったりボンに手をかける。
「こんなんじゃ、何も隠せない。すっかり見えてしまうよ。白い肌が赤くなって……こんなに煽情的だ」
するりとリボンがほどけ、胸元が大きく開く。何もつけてない胸元がすっかり露になってしまい、私は慌てて手で隠した。
「ルシウス様……!?」
「クローディア……とても、とても可愛い。赤くなった頬も、柔らかそうな胸も、何もかも」
「ど、どうしたのですか」
私はルシウス様から避けるように、ゆっくりと距離を取る。しかし、大柄なルシウス様が逃がさないというように、どんどんと距離を詰めてくる。
私の以前の部屋ぐらいあるのではないかと疑う程の広ベッドの端に、すっかり追いやられていた。
もう逃げ場がない。
……なにがまずいかは良くわからないけれど、このままでは絶対にまずい。
とりあえず気持ちを整える為に、距離を取りたい。
「あ、あの……」
「そんな怯えないで。ただ、このまま抱いて愛したい……君と本当の夫婦になりたいだけなんだ」