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39 どうしても

 舞踏会が無事に終わり、また日常が戻ってきた。


 ……はずなのだが。


 朝食の席。目の前の席は空席だ。


 ルシウス様と一緒に取る食事に、いつの間にかすっかり慣れていたようだ。

 私一人の食事、どちらかといえば寂しさと共にほっとしていた感情があったはずなのに。


 今は美味しく温かな食事があり、比較にならない程恵まれている。


 それなのに。


 サラダに目玉焼きとハム、焼き立てのパンという美味しそうな完璧な朝食が、すっかり色あせて見える。

 私は、わかっていながらも、ついミーミアに尋ねてしまう。


「ミーミア、ルシウス様は、今日はいらっしゃらないのかしら」


「……今日も、執務があると聞いております」


 ミーミアの事務的な言葉に、私はそっと息を吐いた。

 あれから、ルシウス様と会えていない。


 舞踏会での会話を思い出す。素っ気ない空気。


 繰り返し思い出しても、何がいけなかったのかわからなかった。その前の瞬間までは、今までに感じたことのないぐらい、ルシウス様を近くに感じたのに。


 私の、独りよがりな妄想だったのだろうか。

 そう思うと、自然と目に涙が浮かんでしまった。


 家族から離れ、それだけで平穏だと思ってきたのに、いつの間にかルシウス様に認められたいと思っている。


 彼を信じたいと思っていると、気が付いてしまった。


 それなのに、ルシウス様が求める結婚相手を務めることもできていない。


 ああ、相変わらずの無能だ。


 何をしていても、ルシウス様の事が気になり何も手につかなくなってしまった。ダルバード先生にも、集中するように注意を受ける程だ。

 どうしようもない。


 ……いや、私だって少しは変わらなくては。


 私は意を決して、ミーミアに伝える。


「ありがとう。食事後はルシウス様の執務室に行くわ」


「……かしこまりました」


 まずはしっかり食べて、ルシウス様に会おう。私の役割をはっきりさせて、それを全うしなくてはいけない。


 まずは、それが第一歩だ。



「……嘘みたいに、見つからないわ」


 私は諦めて自分の部屋に戻ってきた。

 確かにこの屋敷は広い。

 迷子になるぐらい。


 それにしても、ルシウス様は見つからない。一日中探し続け、体力には自信があった私だったはずなのにすっかり疲れ果ててしまった。


 いったん休憩と会えた時の事を考え、お菓子を作らせてもらった。

 そうこうしているうちに、あっという間に夜になってしまった。


 なんだか本当に一人になってしまったような気がして、私はベッドの上に丸まった。


 じっとしていると、本当にあの頃に戻ったようだ。

 ただ、ふわふわの上にいるけれど。


 そうして、じっとして、でも全然眠気が来なくて、どうしていいかわからなくなってしまった。


「真っ暗だわ」


 大きな窓からは、星が見える。


 真っ黒な空に浮かぶ星はとても綺麗だ。

 赤みを帯びた月が、より幻想的な雰囲気を醸し出している。


 どうしようもない気持ちで庭園に行った時の事を思い出す。あの、綺麗な花々と星。優しいルシウス様。


 ……!

「そうだわ」


 私はひらめいた。

 ルシウス様だって、夜は寝ている。


 ということは。


 寝室には必ず居るということだ。


 このまま無為に過ごしているより、ずっといい。

 ……何より、会って、話したいのだ。


 私の中に生まれたこの気持ちを、私は見ないふりをして、ただ話をするだけだとドアに手をかけた。


 ルシウス様の寝室は、意外なことに私の部屋のすぐ近くだ。

 夫婦としての形を維持するためには、こういう形が大事なのだろう。


 本当は扉がつながっているらしいが、私とルシウス様の部屋の行き来は出来ない。

 そもそも、一つ、部屋が離れている。


 だから、ルシウス様の気配は、私の部屋からうかがい知ることはできない。


 部屋の前に立ち、ノックをする。


 もう深夜だ。

 本当に寝ているかもしれない、ということに思い当って、今更ながらどうするか迷った。


 明日、部屋の前で帰りを待っているほうが失礼じゃないかもしれない。


 一日ぐらいは、まだ大丈夫。


「……おやすみなさい、ルシウス様」


 そうつぶやいて、部屋に戻ろうとすると、勢いよく扉があいた。


「何事だ! ……クローディア?」


「あ、や、夜分遅くにすいません」


「こんな寒いのにどうしたんだ。また眠れないのか?」


 驚いた顔をして、けれどすぐに心配したように自分の着ていたガウンを私の肩にかけてくれる。

 ……優しい、ルシウス様だ。


「ルシウス様……、私、あの日から全然話せていなくて、それで」


 あんなに探して、何を話すか考えていたのに、私の口から出ていたのは要は寂しいという言葉だった。


 言葉にすると、本当すぎて、涙がにじんでしまう。

 どうしようもなくルシウス様に会えて、ただ、嬉しい。


「……クローディア、時間は作る。もう夜だから、部屋に戻った方がいい」


 私の事を驚いたように見たルシウス様は、はっとして気まずそうに目をそらした。

 迷惑だった。


 当然のことに気が付く。


「あ、すません、そうですよねこんな深夜に。どうかしてました……。また、お時間をいただけると嬉しいです」


 ショックを受けるような立場でもないくせに、私はショックを受けていた。


 さっきとは違う涙がこぼれそうになるのを、私はぎゅっとスカートを握って耐えた。


「っ。違う。……クローディアの訪問が迷惑というわけじゃない。……部屋に入ってお茶でも飲もう。冷えてしまっただろう」


「……はい」


 帰るのが、正解だ。

 私は、多くを望みすぎている。


 そう知っているのに。


 ルシウス様の優しい言葉に促され、私はそのまま部屋に入れてもらってしまった。

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