「……あの、先程の話ですが」
冷静になってちらり、とルシウス様を見る。すると、視線の先に完璧な人間が居て、一瞬びくりとしてしまう。
完璧な、貴族だ。
私が怯えたのを感じ取ったルシウス様は、更に眉を寄せた。
「……そうだな」
「えっ。……えっ!?」
驚く私を横目に、ルシウス様は身に着けている服のボタンに、ゆっくりと手をかける。そのまま服を脱ぎ棄て、鍛えられた上半身が目の前に現れどきりとする。
そのままトラウザーズに手をかけ、それも脱ぎ捨てると、ルシウス様は何事もなかったようにさっとマントを羽織った。
急なことに私が動揺していると、ルシウス様は優しく微笑んだ。
そして、何かを堪えるように胸を押さえると、ルシウス様の姿がゆらりと揺れた。
「……こんなところでっ」
「どっちにしろ着替えるんだ、問題ないだろう」
半裸になったままルシウス様は、獣人の姿になっていた。
思わず走って扉の前に立つ。万が一にでもこんな姿を見られたら大変だ。
カギはない。貴族二人で入っていったところに勝手に入ることはない。
けれど、万が一があると良くない。私はさっとドアを開け外に出て、後ろ手でドアを閉めた。
慌てて飛び出てきた私に、ドアの前に居た騎士は驚いたようにこちらを見た。
「何かありましたか」
「……あの、絶対、絶対に誰も入れないでください」
「かしこまりました」
強い口調で騎士に声をかけると、彼はさっと前を向き、目を伏せ返事をした。
……ううう、顔を、見ないようにされている。
「……ありがとうございます」
私は恥ずかしくなり、弱った声でお礼をいうと部屋に戻った。
恥ずかしい。思わずドアの前で、しゃがみこむ。
「なにをしているんだ?」
ルシウス様は耳をピンとたてたまま、首を傾げた。あろうことかベッドに腰掛けている。
マントからはちらりと肌色と毛が見え、そこに綺麗な髪がさらりとかかる。
……ううう、こんな姿も絵になる。
「ルシウス様はどうしてそんなに落ち着いているんですかっ」
「……これでも私はビアライド公爵なんだ。流石にここに誰かを通すような馬鹿はいないだろう」
「で、でも、なにかしらのアクシデントはあるかもしれないじゃないですかっ」
「確かに、誰も入れるなと言った執務室には、クローディアが入ってきた」
くすり、と思い出したようにルシウス様が笑った。
「あわわ、あれは本当に申し訳なかったです……」
「俺は、クローディアと打ち解けられた気がして、良かったよ」
「! く、口調が乱れています……!」
「二人の時は、いいかなと思って。もう落ち着いた貴族というところじゃないところも見せたほうが、クローディアも楽かなと。姿だけじゃなくて」
「……ありがとう、ございます」
獣人になったのも、言葉を崩すのも、私への優しさだ。
誰からも受けられなかった優しさを、ルシウス様から目いっぱいに感じて、私はどうしていかわからなくなった。
……これって本心から、なのかな。
信じていいのかな。
「クローディア、大丈夫だ。こっちにおいで」
優しい声で呼ばれ、とんとんと隣の場所を叩かれる。私は誘われるままに隣に座る。
毛むくじゃらの手でとんとんと背中を叩かれると、落ちついてくる。
……ああそうだ、大丈夫だ。
なんだか素直に、そう思える。
「落ち着きました」
「やっぱりこの姿だと、素直だな」
くくっとルシウス様が楽しそうに笑う。私の不信感を気が付かれたようで恥ずかしく申し訳なくなる。
……信じたいのかも、しれないな。
どちらのルシウス様の事を、私は。
私の今までが邪魔をしているけれど……それでも、こうやって獣人の姿でいてくれると、そう、とても素直になれる。
何も疑っていなかった十歳のころに戻ったような。もう、あの頃のことはあまり思い出せないけれど。
そもそもの思い出など、あまりなかったかもしれない。
けれど、それでも母を、父を信じていた。
「それはあるかもしれませんね」
「毛が好きなのか」
「それはなんだか語弊がある気がします」
真面目な顔で問われ、私もつい笑ってしまう。
「さっきは何で赤くなっていたんだ?」
「え? いつの事ですか」
「一瞬外に出た時」
「……ああ。きっと、騎士の方に秘密のデートだろうと思われているのだと……。なるべくこちらを見ないように気を使っていらしたので」
恥ずかしい、と思いながらそういうと、ルシウス様は目をぱちぱちとした。その後大きく笑う。
「俺たちは夫婦だから、秘密も何もあったものじゃないな」
「笑い事じゃないですよ、もう……」
赤くなる顔を押さえ下を向くと、毛のある大きな手が私の顔をとらえた。
まっすぐにルシウス様と目が合う。
彼は、私の目を覗き込みながら、細めた目でにやりと笑った。
「新婚で、我慢ができないと思われたかもしれないな」
「しんこん」
「……何故ここで驚くのだ」
「政略結婚でも新婚だと思われるかもしれないんだな、って、なんだか新鮮な驚きが」
「それはそうだろう、外からは何があるか見えないものだ」
「……確かにそうですね」
私の家族も、仲が良さそうに見えたかもしれない。信じられない気持ちではあるが、多分その逆もあるのだろう。
そう思ってルシウス様を見ると、ぞっとするほど暗い瞳をしていた。
私には彼の心を聞く権利はない。
だから、ただそっとルシウス様の手を握った。ルシウス様は自分の中に沈んでいたのか、ハッとしたようにこちらを見た。
「クローディア」