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35 外から見える姿と本当の姿

「……あの、先程の話ですが」


 冷静になってちらり、とルシウス様を見る。すると、視線の先に完璧な人間が居て、一瞬びくりとしてしまう。


 完璧な、貴族だ。

 私が怯えたのを感じ取ったルシウス様は、更に眉を寄せた。


「……そうだな」


「えっ。……えっ!?」


 驚く私を横目に、ルシウス様は身に着けている服のボタンに、ゆっくりと手をかける。そのまま服を脱ぎ棄て、鍛えられた上半身が目の前に現れどきりとする。


 そのままトラウザーズに手をかけ、それも脱ぎ捨てると、ルシウス様は何事もなかったようにさっとマントを羽織った。


 急なことに私が動揺していると、ルシウス様は優しく微笑んだ。

 そして、何かを堪えるように胸を押さえると、ルシウス様の姿がゆらりと揺れた。


「……こんなところでっ」


「どっちにしろ着替えるんだ、問題ないだろう」


 半裸になったままルシウス様は、獣人の姿になっていた。


 思わず走って扉の前に立つ。万が一にでもこんな姿を見られたら大変だ。

 カギはない。貴族二人で入っていったところに勝手に入ることはない。


 けれど、万が一があると良くない。私はさっとドアを開け外に出て、後ろ手でドアを閉めた。


 慌てて飛び出てきた私に、ドアの前に居た騎士は驚いたようにこちらを見た。


「何かありましたか」


「……あの、絶対、絶対に誰も入れないでください」


「かしこまりました」


 強い口調で騎士に声をかけると、彼はさっと前を向き、目を伏せ返事をした。

 ……ううう、顔を、見ないようにされている。


「……ありがとうございます」


 私は恥ずかしくなり、弱った声でお礼をいうと部屋に戻った。

 恥ずかしい。思わずドアの前で、しゃがみこむ。


「なにをしているんだ?」


 ルシウス様は耳をピンとたてたまま、首を傾げた。あろうことかベッドに腰掛けている。

 マントからはちらりと肌色と毛が見え、そこに綺麗な髪がさらりとかかる。


 ……ううう、こんな姿も絵になる。


「ルシウス様はどうしてそんなに落ち着いているんですかっ」


「……これでも私はビアライド公爵なんだ。流石にここに誰かを通すような馬鹿はいないだろう」


「で、でも、なにかしらのアクシデントはあるかもしれないじゃないですかっ」


「確かに、誰も入れるなと言った執務室には、クローディアが入ってきた」


 くすり、と思い出したようにルシウス様が笑った。


「あわわ、あれは本当に申し訳なかったです……」


「俺は、クローディアと打ち解けられた気がして、良かったよ」


「! く、口調が乱れています……!」


「二人の時は、いいかなと思って。もう落ち着いた貴族というところじゃないところも見せたほうが、クローディアも楽かなと。姿だけじゃなくて」


「……ありがとう、ございます」


 獣人になったのも、言葉を崩すのも、私への優しさだ。

 誰からも受けられなかった優しさを、ルシウス様から目いっぱいに感じて、私はどうしていかわからなくなった。


 ……これって本心から、なのかな。

 信じていいのかな。


「クローディア、大丈夫だ。こっちにおいで」


 優しい声で呼ばれ、とんとんと隣の場所を叩かれる。私は誘われるままに隣に座る。

 毛むくじゃらの手でとんとんと背中を叩かれると、落ちついてくる。


 ……ああそうだ、大丈夫だ。

 なんだか素直に、そう思える。


「落ち着きました」


「やっぱりこの姿だと、素直だな」


 くくっとルシウス様が楽しそうに笑う。私の不信感を気が付かれたようで恥ずかしく申し訳なくなる。


 ……信じたいのかも、しれないな。


 どちらのルシウス様の事を、私は。


 私の今までが邪魔をしているけれど……それでも、こうやって獣人の姿でいてくれると、そう、とても素直になれる。


 何も疑っていなかった十歳のころに戻ったような。もう、あの頃のことはあまり思い出せないけれど。


 そもそもの思い出など、あまりなかったかもしれない。

 けれど、それでも母を、父を信じていた。


「それはあるかもしれませんね」


「毛が好きなのか」


「それはなんだか語弊がある気がします」


 真面目な顔で問われ、私もつい笑ってしまう。


「さっきは何で赤くなっていたんだ?」


「え? いつの事ですか」


「一瞬外に出た時」


「……ああ。きっと、騎士の方に秘密のデートだろうと思われているのだと……。なるべくこちらを見ないように気を使っていらしたので」


 恥ずかしい、と思いながらそういうと、ルシウス様は目をぱちぱちとした。その後大きく笑う。


「俺たちは夫婦だから、秘密も何もあったものじゃないな」


「笑い事じゃないですよ、もう……」


 赤くなる顔を押さえ下を向くと、毛のある大きな手が私の顔をとらえた。

 まっすぐにルシウス様と目が合う。


 彼は、私の目を覗き込みながら、細めた目でにやりと笑った。


「新婚で、我慢ができないと思われたかもしれないな」


「しんこん」


「……何故ここで驚くのだ」


「政略結婚でも新婚だと思われるかもしれないんだな、って、なんだか新鮮な驚きが」


「それはそうだろう、外からは何があるか見えないものだ」


「……確かにそうですね」


 私の家族も、仲が良さそうに見えたかもしれない。信じられない気持ちではあるが、多分その逆もあるのだろう。


 そう思ってルシウス様を見ると、ぞっとするほど暗い瞳をしていた。

 私には彼の心を聞く権利はない。


 だから、ただそっとルシウス様の手を握った。ルシウス様は自分の中に沈んでいたのか、ハッとしたようにこちらを見た。


「クローディア」

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