「クローディア、新しいドレスに着替えようじゃないか。実は、もう一着君に来てもらいたいドレスがあったんだ。このドレスじゃ、ダンスの主役にはちょっと足りないだろう?」
「えっ。新しいドレス? これよりも、いいドレスが……!?」
「ああ。後でお披露目しようと思っていたのが早まってしまうが、問題ないだろう。私達の入場の際に、皆このドレスは堪能したはずだ」
考えられないぐらい高価そうなドレスを二着も用意していた事に驚きを隠せない。しかも、ルシウス様の言動的に、もう一つのが高価らしい。
……貴族って怖い。
今あった事を一瞬忘れそうになるぐらいに、衝撃的だ。
「まさか……」
「はは、驚かせたかったのだが、その通りになったな。それも君に似合うだろうから、楽しみだ」
まるでカリアン殿下がいないかのようにルシウス様は私に笑いかけ、腕を上げた。私はその腕に手をかけながら、呆然としたままため息をついた。
「……信じられません。ドレスをまだ用意していただなんて……」
「あちらのものは可愛さが引き立つと思う。今のドレスは綺麗だし、どちらの君も見れた方がいいだろう?揃いで私の分も用意してある、当然ね」
「えぇ……それはちょっと、大分散財じゃないですか……?」
「私たちの家は公爵家で、お金は割と持っているほうだと思うんだ。知っていたかな?」
「……もう、ルシウス様」
ルシウス様の腕につかまりながら、彼の冗談に笑ってしまう。ルシウス様は安定感があって、私一人の事なんてどうにでもできそうで安心してしまう。
その安心感と共に、先程の事が思い出される。
……どうしてカリアン殿下は、ルシウス様にあんなことを。
ふつふつと湧き上がる怒りを、私はぎゅっと目をつむりやり過ごす。
……さっき、あれを飲んだらどうなっていたのだろう。
初めて、色が見えてよかったと思った。
ルシウス様が酷い目に合わずに済んだ。弱いところなど、彼らに見せたくない。
ルシウス様も、私も、彼らには屈しない。
「もう、ルシウス様ってば。では、急いで着替えないといけないですね」
私も、ルシウス様と同じように笑って答えた。
「……お姉様の分際で」
暗いフラウの声が、背に聞こえた。
*****
「えっ。こんな素敵な部屋で、そんないかがわしい展開が……!?」
ルシウス様が連れてきてくれたのは、とても素敵な部屋だった。
ベッドもありゲストルームなのだろうかという疑問を投げかけると、ルシウス様は笑って、ここは盛り上がったカップルのための部屋だと教えてくれた。
そのカップルの相手というのは、一緒に来たパートナーの事ではない。
「この規模であれば、公然の秘密のカップルが何組もいるものだ。……具体的に誰か教えておこうか?」
「駄目です! 絶対会った時にそのことが思い浮かんでしまいます」
「はは、変な想像をしてしまうからか?」
「ううう、カップルで参加するのが通例のパーティでそんなことが……」
「政略結婚が多いからな」
急に冷めた口調のルシウス様に、私ははっとした。
「大丈夫ですルシウス様!」
「……なにが大丈夫なのだ」
訝しがるルシウス様を安心させるために、私は彼の手を取った。ルシウス様は何故か赤くなり目を逸らしたが、私は彼の目をしっかりと覗き込んだ。
「今まで想像もしていなかったので驚きましたが、ルシウス様がパーティの間に居なくなっても私は気にしませんし、自然にふるまえます!」
「……はぁ……やっぱりそうだよな、わかってたけれど……。クローディア、君にそんな事は期待していない」
「そんなっ」
先程の秘密のカップルを責めるような発言が悪かったのだろうか。
雇われなのに、寛容ではないと思われるのは良くない。
私は必死で首を振る。
「大丈夫ですルシウス様が誰と付き合おうとどんな関係になろうと私はまったくもって気にならないし、むしろ歓迎ですし、それこそそうなってもらった方がいいとわかっているというか理解しているというか……ともかく大丈夫なのです!」
私は絶対に大丈夫だということを必死で伝えると、ルシウス様は目を伏せて眉を寄せた。
「それはそれで……なんだか凄く、ええと、良くないな」
「えっ、まさか」
まったくルシウス様の要望を把握できていないみたいだ……私、心の色を見えるからってわかる気になっていただけで、見えないと人の心の機微を読み取れないのかもしれない。
恐ろしいことに気が付いてしまった。
能力がなければ、鈍感女……。
ルシウス様は私が顔色を変えるのをじっと見ていてが、やがて諦めたように笑った。
「気にするな」
いやいや、今の笑顔の方がなんだかとってもつらいです!
そう思ったけれど、これ以上はルシウス様に負担な気がしたのでじっと飲み込む。