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32 ドートン家

「……フラウ」


 彼女はこちらを驚いた顔で見ていた。彼女と目があうと、心臓がどきりと大きく鳴った。

 美しいドレスはピンクを基調にしていて、金色の髪も相まってお人形のように可愛い。


 それでも、私の身体の緊張は解けない。

 フラウは視線を外すと、家族で談笑に戻った。


 父と義母と、フラウ。にこやかにしていて、まるで幸せそうな家族に見える。

 ……実際、私が居なければそうなのかもしれないけれど。


 しかし、やはり時折ちらりとこちらを見るフラウの周囲には澱んだ黒い色が渦巻いている。更に、時折紫色が混ざっている。


「……フラウはあんなに完璧なのに、どうして私の事を憎むのかしら」


「君の方が、今はずっと格が上だ。ドレスを見ただけでわかる」


 思わずつぶやいた言葉に、ルシウス様が慰めるように囁いた。

 そして、自分の今の姿を見て思い当たる。


 ……私が魔石をつけたドレスを着ていたせいかもしれない。


 彼女には融通しなかった魔石が、ふんだんについている。私が彼女よりもいいドレスを着ているのが気に入らないのだろう。

 ……いや、家を出ても何をしていても、結局私が存在しているだけで憎いのかもしれない。


 私を売っただけでは、満足できないんだ。


「残念だけれど、親戚として挨拶しないわけにはいかない。でも、私に任せていていいから。少し話したら、食事に行こう。クローディアは、ダンスは上手くなったかな?」


「……ダンスよりも、美味しい甘いものが食べたいです」


「私も詳しくないけれど、端から食べて行けばどれが美味しいかわかるはずだ」


「総当たり戦ですね」


「私は身体が大きい分、容量は大きいんだ」


「私もきっと負けていません。すっかりお腹がすいていますからね」


 ルシウス様の冗談で、微笑みを取り戻すことができた。


 それでも彼らと対峙すると、身体が強張るのを感じた。けれど、決して悟らせない。私は笑顔をしっかりとつくり、幸せそうな顔でルシウス様にくっついた。


「ドートン伯爵、お久しぶりです。結婚の挨拶もできずに、残念に思っておりました。お会いできて良かったです」


「これはビアライド公爵! お元気そうで何よりです」


 にこりと微笑んだ父は、完璧な貴族の顔だった。


「クローディアも新しい生活には慣れたかな。何かあれば、父に言うんだよ」


 少し心配そうに首を傾げ私を見つめる父の目が、何も映していなくて怖い。はたから見れば、心優しい父親そのものなのに。


「ありがとうございます」


 震えそうになる私の手を、ルシウス様の手がそっと重ねた。


「お姉さま、元気そうで良かったわ。新しい生活にはもう慣れたのかしら? 急に高い立場に立たされると、色々と大変でしょう? 特にお姉さまは病弱で、家では何もできなかったから心配していたの」


 フラウが馬鹿にしたような口調で、私に笑いかけてきた。


「ええ、クローディアはとてもいい妻です。ドートン家の教育が良かったのだと、家のものとも話しておりました。とても姉弟仲も良かったようですね」


「え、ええ……」


 ルシウス様がかわりに応えたので、フラウは一瞬怯んだ後、私の事を睨んだ。

 とりなすように、義母が笑顔でフラウを撫でた。


「それはクローディア、結構なことね。フラウ、クローディアにカリアン殿下をご紹介してあげたらどうかしら。カリアン殿下は最近、個人的に我が家の事業を援助してくださっているのよ」


「ええ、そうねお母様!」


 カリアン殿下とは第二王子だ。フラウが嬉しそうにしていたので、彼女の婚約者候補なのだろうか。

 足取り軽く彼女は、会場に彼を探しに行った。


 親し気にフラウと腕を組み戻ってきたのは、くせっ毛の金髪に垂れ目が印象的なm軟派な雰囲気を持つ男性だった。


「ビアライド公爵様、クローディアお姉様。こちらはカリアン殿下です。最近とても良くしてくださっているのよ。」


「ご紹介ありがとう。グリアドッドだ。いつもフラウ嬢が自慢しているお義姉さまとは君の事だったんだね。会えて嬉しいよ、ビアライド公爵も、ね」


「こちらのドレスも、カリアン殿下が贈ってくれたんです。とても素敵でしょう?」


「それはフラウ嬢が可愛いから似合うんだよ。ドレスが引き立て役に成り下がってしまっているね」


 フラウが頬を赤くして、自慢げな顔でカリアン殿下を紹介する。カリアン殿下に甘い言葉をささやかれ、フラウはそれはそれは嬉しそうに笑った。その目はキラキラとしていて可愛く、普通の、ただ恋する少女に見えた。


 ……フラウも、一人の女の子なんだわ。

 嫌なことはあったけれど、少し客観的な気持ちになる。


「ビアライド公爵、クローディア夫人、今日は会えてうれしいよ。ビアライド公爵は、今回の戦争の功績者だ。王は君の功績で頭がいっぱいのようだ。魔物付きという噂は本当なのかな?」


 にこにこと人の良さそうの顔のまま、カリアン殿下は目を眇めルシウス様を見た。

 ……嫌な、感じだ。


 私はとっさに彼の色を見た。


「……っ」


 思わず声が出そうになる。彼の色は、紫だった。

 紫は、多分憎しみだと思う。これが見えた時は、絶望が見えるほど酷い目に合う。


 そんな色が、何故カリアン殿下から……。

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