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31 入場

 王城に来たのは、実際初めてだった。遠くから見ていた大きな城は、近づいたらもっと大きく豪奢だった。


 ずらりと警備の人間が並び、華やかな装飾がなされた会場は圧倒的だ。


「ここが……」


 扉が静かに開き、ルシウス様にエスコートされ会場に足を踏み入れる。その瞬間、まるで波紋が広がるかのようにざわめきが聞こえてきた。


 会場の中は更にきらびやかだった。

 周囲の人々はドレスや正装に身を包み、それだけで色とりどりで、美しい。


 その華やかさに圧倒されていると、不意に私たちの名前が聞こえてきた。

 きらびやかな服装に身を包んだ貴族たちは、ひそひそと囁き合いながら私たちに視線を向けている。


 その不躾な視線に、思わず足がすくみそうになる。


「……ビアライド公爵だわ」


「今回の戦争の功績者だ……」


「魔物付きなんでしょう? 汚らわしいわ……」


 聞こえてくる声は、少しの称賛の気配もない。


 ルシウス様の功績は、間違いなく賞賛されるべきものであるのに。

 国を救った英雄で間違いないはずなのに、命を懸けた戦いの結果がこれだなんて。


 忌まわしいものを見るかのように、彼らの口元には軽蔑の笑みが浮かんでいる。

 しかし、彼らのそんな視線を受け、ルシウス様は優雅に微笑んだ。


 豪奢なシャンデリアの下、光を受けて輝くルシウスの漆黒の髪と鋭い金の瞳。

 力強さを感じる体格と威厳。


 彼の存在はこの場で圧倒的だった。


 その彼の微笑みに、周りの空気は氷が溶けるようにゆるみ、華やいだものに変わる。


「……まあ、こんなに素敵な方だったなんて」


「第三王女との縁談があったはずよ。もし、あの話が破談になっていなければ……」


「魔物付きだなんて噂、嘘じゃないかしら。あんなに優雅な方が……」


 女性たちは、ルシウス様の笑顔に頬を赤らめた。

 そしてそのまま、ルシウス様を誉める言葉が聞こえてくる。


 あっという間に、会場の雰囲気が好意的になった。それを聞いてなお堂々とした彼の姿は、ただ格好良かった。


 嬉しくてルシウス様を見上げ微笑むと、彼も同じように返してくれた。

 仲睦まじい姿を周りに見せるためだとわかっていても、なんだか誇らしく嬉しい。


「隣に居る人はいったい誰なのかしら。……全然似合わないわ」


「ドートン家の長女と結婚したらしいわよ」


「あの? 一度も社交界にも現れたこともない病弱だという……」


「隣に居る女性がそうじゃない? ……あんな人……」


 ルシウス様を見た視線がそのまま、隣に居る私に移る。当然、落胆や私を揶揄する言葉も聞こえてきた。


 わかります、と私は心から頷いた。病弱は家族がついた嘘だけど。


「クローディア、大丈夫か?」


 笑顔を崩さずに、ルシウス様は私の顔を覗き込んだ。


「え、何がですか?」


「私はいいけれど……君の、良くない話が聞こえてくる。後で抗議するが、今は個別に対応している事はできない。力が足らず、申し訳ない」


「……ああ、私は別に気になりませんよ。事実ですし、これぐらいなら全然優しいです。陰口なんて、痛くないですから」


 実際、暴力に比べたら何倍もましだ。何を言われたところで、食事にだって影響ないなら、何も問題はない。


 人間なんて、そういうものだ。色を見るまでもない。


「俺が気になるんだ」


「えっ」


 呟かれた言葉に、驚いてルシウス様を見ると、ルシウス様も同じように驚いた顔をしていた。


「ああ、すまない。……普段は騎士たちと居る為に、口調は崩れているんだ。こっちが普段の口調だ。驚かせたな」


「いえ、大丈夫です」


 俺、という言い方に驚いたというより、思わずといったように呟かれた言葉に驚いた。


 けれど、ルシウス様はその事について何も言わなかったので、私も言わなかった。


 ルシウス様からは、相変わらず色は見えない。

 何もないときは出来るだけ色は見ないようにしているけれど、ルシウス様の色だけはこの間のようなことがあるかもしれないと、一日一回は必ず見るようにしている。


 あの日、魔獣の姿を見てから、ルシウス様とは一緒に居ることが多くなった。幸い、まだルシウス様からあの色は見えていない。


 ……不思議だ。他の人は、見えるのに。


 楽団の音楽が緩やかに流れ、人々の声や笑い声が、楽し気に響いていた。


「とても素敵な場所ですね。皆さん、華やかで……」


 幾人もの華やかな女性のなかで、私はあまりにも地味に思えた。


 私の銀色の髪は他の豪華な色彩の中では目立たず、細い手足は魅力が乏しく思える。胸だけはあるけれど、逆にアンバランスだ。


 思わず下を向きそうになり、慌てて目線を戻す。

 私は買われた妻だ。ルシウス様に、損はさせない。人間の姿だろうと、ルシウス様に緊張している場合じゃない。


「まだ心配なのかな?」


「大丈夫です。ただ、人に圧倒されてしまって」


 ルシウス様は私の顔を見て、ぽんぽんと背中を撫でた。


 その事に勇気を得て、ゆっくりと会場の人々の色を見た。貴族の人々の色もまた、色とりどりだった。

 全部が全部嫌な色ではない事に、少しほっとする。


 悪口も、本心からの人もいれば、面白半分の人もいるのだろう。

 そう息を吐いたところで、目の端に見慣れた色が入った。


 そこにいたのは、ドートン家だった。

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