王城に来たのは、実際初めてだった。遠くから見ていた大きな城は、近づいたらもっと大きく豪奢だった。
ずらりと警備の人間が並び、華やかな装飾がなされた会場は圧倒的だ。
「ここが……」
扉が静かに開き、ルシウス様にエスコートされ会場に足を踏み入れる。その瞬間、まるで波紋が広がるかのようにざわめきが聞こえてきた。
会場の中は更にきらびやかだった。
周囲の人々はドレスや正装に身を包み、それだけで色とりどりで、美しい。
その華やかさに圧倒されていると、不意に私たちの名前が聞こえてきた。
きらびやかな服装に身を包んだ貴族たちは、ひそひそと囁き合いながら私たちに視線を向けている。
その不躾な視線に、思わず足がすくみそうになる。
「……ビアライド公爵だわ」
「今回の戦争の功績者だ……」
「魔物付きなんでしょう? 汚らわしいわ……」
聞こえてくる声は、少しの称賛の気配もない。
ルシウス様の功績は、間違いなく賞賛されるべきものであるのに。
国を救った英雄で間違いないはずなのに、命を懸けた戦いの結果がこれだなんて。
忌まわしいものを見るかのように、彼らの口元には軽蔑の笑みが浮かんでいる。
しかし、彼らのそんな視線を受け、ルシウス様は優雅に微笑んだ。
豪奢なシャンデリアの下、光を受けて輝くルシウスの漆黒の髪と鋭い金の瞳。
力強さを感じる体格と威厳。
彼の存在はこの場で圧倒的だった。
その彼の微笑みに、周りの空気は氷が溶けるようにゆるみ、華やいだものに変わる。
「……まあ、こんなに素敵な方だったなんて」
「第三王女との縁談があったはずよ。もし、あの話が破談になっていなければ……」
「魔物付きだなんて噂、嘘じゃないかしら。あんなに優雅な方が……」
女性たちは、ルシウス様の笑顔に頬を赤らめた。
そしてそのまま、ルシウス様を誉める言葉が聞こえてくる。
あっという間に、会場の雰囲気が好意的になった。それを聞いてなお堂々とした彼の姿は、ただ格好良かった。
嬉しくてルシウス様を見上げ微笑むと、彼も同じように返してくれた。
仲睦まじい姿を周りに見せるためだとわかっていても、なんだか誇らしく嬉しい。
「隣に居る人はいったい誰なのかしら。……全然似合わないわ」
「ドートン家の長女と結婚したらしいわよ」
「あの? 一度も社交界にも現れたこともない病弱だという……」
「隣に居る女性がそうじゃない? ……あんな人……」
ルシウス様を見た視線がそのまま、隣に居る私に移る。当然、落胆や私を揶揄する言葉も聞こえてきた。
わかります、と私は心から頷いた。病弱は家族がついた嘘だけど。
「クローディア、大丈夫か?」
笑顔を崩さずに、ルシウス様は私の顔を覗き込んだ。
「え、何がですか?」
「私はいいけれど……君の、良くない話が聞こえてくる。後で抗議するが、今は個別に対応している事はできない。力が足らず、申し訳ない」
「……ああ、私は別に気になりませんよ。事実ですし、これぐらいなら全然優しいです。陰口なんて、痛くないですから」
実際、暴力に比べたら何倍もましだ。何を言われたところで、食事にだって影響ないなら、何も問題はない。
人間なんて、そういうものだ。色を見るまでもない。
「俺が気になるんだ」
「えっ」
呟かれた言葉に、驚いてルシウス様を見ると、ルシウス様も同じように驚いた顔をしていた。
「ああ、すまない。……普段は騎士たちと居る為に、口調は崩れているんだ。こっちが普段の口調だ。驚かせたな」
「いえ、大丈夫です」
俺、という言い方に驚いたというより、思わずといったように呟かれた言葉に驚いた。
けれど、ルシウス様はその事について何も言わなかったので、私も言わなかった。
ルシウス様からは、相変わらず色は見えない。
何もないときは出来るだけ色は見ないようにしているけれど、ルシウス様の色だけはこの間のようなことがあるかもしれないと、一日一回は必ず見るようにしている。
あの日、魔獣の姿を見てから、ルシウス様とは一緒に居ることが多くなった。幸い、まだルシウス様からあの色は見えていない。
……不思議だ。他の人は、見えるのに。
楽団の音楽が緩やかに流れ、人々の声や笑い声が、楽し気に響いていた。
「とても素敵な場所ですね。皆さん、華やかで……」
幾人もの華やかな女性のなかで、私はあまりにも地味に思えた。
私の銀色の髪は他の豪華な色彩の中では目立たず、細い手足は魅力が乏しく思える。胸だけはあるけれど、逆にアンバランスだ。
思わず下を向きそうになり、慌てて目線を戻す。
私は買われた妻だ。ルシウス様に、損はさせない。人間の姿だろうと、ルシウス様に緊張している場合じゃない。
「まだ心配なのかな?」
「大丈夫です。ただ、人に圧倒されてしまって」
ルシウス様は私の顔を見て、ぽんぽんと背中を撫でた。
その事に勇気を得て、ゆっくりと会場の人々の色を見た。貴族の人々の色もまた、色とりどりだった。
全部が全部嫌な色ではない事に、少しほっとする。
悪口も、本心からの人もいれば、面白半分の人もいるのだろう。
そう息を吐いたところで、目の端に見慣れた色が入った。
そこにいたのは、ドートン家だった。