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30 舞踏会のドレス

「クローディア、君のドレス姿、とても似合っていて素敵だ」


「……ありがとうございます。ルシウス様もとても素敵です」


 ルシウス様がきらきらとした顔で褒めてくれた言葉に、微笑むのが精いっぱいだ。


 ルシウス様は刺繍に魔石がさりげなくたくさんついた、豪奢な正装をしている。

 軍服っぽい見た目なのは、彼が騎士だからだろうか。


 私はそれと色を合わせた、同じく魔石がたくさんついた美しいドレスを着ている。

 いくらくらいの価値があるのか、知りたくない。知ったとたんに怖くて歩けなくなりそうだ。


 ……昨日の事を思い出す。


 二人で夕食を食べ、デザートを食べた後に、ルシウス様は何故か言いにくそうに視線を外した。


『明日は王城で舞踏会がある。やはり断れそうもない。一緒に行ってもらえないだろうか』


『え、ええ……』


 とても残念そうに、ルシウス様が私の手を取った。

 フラウから聞いていた王城での舞踏会の事だ。


 やはりフラウの言うように、ルシウス様は私を連れて行くのは嫌だったのだろう。


 人前に出せない程度の私の事を連れて行かなければいけないのは、申し訳ない気持ちもある。けれど、それでも私は出来る限りちゃんとやらなければ。


 今からドレスは用意できるのだろうか、何かしら貸衣装があるのだろうか。


 ルシウス様に恥をかかせてしまわないか心配していると、続いた言葉は意外なものだった。


『ドレスは君のサイズで仕立てて用意してある。普段のドレスと同じサイズなので問題はないと思う。……グライグとミーミアには注意を受けてしまったよ、ドレスは女性が選びたがるものだと』


『えっ。私の為のドレスがあるんですか?』


『当然だろう。私の見立てだが、君に似合うと思う。是非、贈らせてくれ』


 ルシウス様はきっといやいやながらも、駄目だった時の為に準備していたのだろう。抜かりない。

 そのあたりは流石公爵だ。


 そして用意されたドレスがこれだった。


 ルシウス様と揃いで作ったようなこのドレス。

 着るのは気恥ずかしくも、あまりにも素敵で心が浮かれるのを認めないわけにはいかなかった。


「誉めているのは、私の本心なんだが……クローディアは、この姿じゃ駄目だよな。今日は残念ながら人間で許してくれ」


 苦笑したルシウス様は、私でもわかるほどに完璧だ。


 軍服めいた服は、彼の野性的な顔立ちを引き立てているし、力強い体格が魅力的だ。漆黒の髪はさらさらとしていて、それだけで魔石よりも美しい。金色の瞳も、透き通るように魅力的だ。


 今日は、色々な令嬢からもお誘いがあるかもしれない。


 いや、魅力的だと騒がれ、その後に囁かれるかもしれない、魔物付きだと。


 ……魔物付きとは、全ての長所をマイナスにしてしまう。

 しかし、コントロールが完璧にできれば……。

 それでもいいという令嬢はいるかもしれない。そうしたら、もしかしたらルシウス様は、私と結婚している意味がなくなってしまう……。


「本当に、素敵だと思っています。なんとか、ちゃんとしたいと思っています。よろしくお願いいたします」


 私はすべてを飲み込み、貴族らしい笑みを浮かべた。


 そして今日はがその王城で開かれる舞踏会だ。戦争の勝利を記念した舞踏会だという。ということは、当然ルシウス様が参加しないわけにはいかない。


 ルシウス様は戦争に行っていたために、三年ぶりの参加だし、私は舞踏会自体初めての参加だ。

 ルシウス様はもともと最低限のパーティーには出てもらわなければいけないという話はしていたし、妻の義務だ。


 ……とわかっていても、たくさんの貴族が集まる場に参加すると思うと、震えそうになる。


 ドートン家も、当然参加するだろう。


 フラウとは、あれ以来だ。


 彼女が気に入る魔石は手に入ったのだろうか。

 ……いや、考えても仕方がない。


 あの目を思い出すと、反射的に身体が強張ってしまう。


 ぐっと手を握ると、私のその手をそっとルシウス様の手が包んだ。戦争に行って社交界から離れた時間があっても、生粋の貴族であるルシウス様は落ち着いている。


「……安心してくれ。私がついている。君は私の隣で微笑んでくれれば十分だ」


 そんな筈はない。

 私は彼の隣に並び、問題なくふるまえる公爵夫人の立場を求められている。


 それなのに、ルシウス様は甘い声で囁く。彼の優しさに驚いてしまう。


 でも、そうだ。

 その為に私はここにいるのだ。屋敷での仕事を探している以前の問題だ。

 私も、私が手にしたお金ではないが、ルシウス様の支払った額の働きはしなくてはいけない。


 ……彼に、がっかりされたくない。


「とても、心強いです」


「良かった。何かあればすぐに呼んでくれ。君も知っている通り、私はなかなか魔法が上手いし、力だってあるからね。なんといっても、いざとなったら魔獣になれるんだ」


「ふふ、ルシウス様ってば」


 彼の冗談に思わず笑ってしまう。緊張していた身体から、力が抜ける。


「さあ、ついた。今日は私の妻のお披露目でもある。……君が傷ついたときは、必ず教えてくれ、必ずだ」


「……わかりました。私で何かできるかはわかりませんが……ルシウス様も、そうしてください」


 私よりもずっと噂の的であろうルシウス様は、虚を突かれたような顔をしてからゆっくりとほほ笑んだ。


「……ありがとう、クローディア」

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