その日以来、フラウからの連絡は何一つなく、私の日々は穏やかに過ぎていった。
私は好きな紅茶の種類がわかってきたし、ダルバード先生の授業も少しずつ進んでいった。
今日は実践練習として、ルシウス様を含む騎士たちの怪我を治療することになっていた。しかし、彼らの様子は驚くべきもので、私は呆然と呟いた。
「まさか……こんなにたくさん怪我をしている人がいるだなんて」
「今回は魔獣が出たんだ。助けは必要だったが、出来るだけ彼らだけで対処できるようにしたために、少し怪我は多かった。怪我を恐れていては騎士にはなれない。こういう実践は、必要なことだ」
ルシウス様が、何事もないよういった。彼は戦ってきたとは思えないぐらいに、何も乱れてはいない。
「……っ。ただの訓練じゃなかったのですね」
誰も彼も、肩で息をしていて血の匂いがする。
少しでも多く、回復してあげたい、と思う。痛そうだ。
痛いのはつらく、悲しい。
この間のルシウス様の事を思い出し、私は騎士たちの色を見た。
本人の色は見たくなかったので、出来るだけ傷に集中してみてみることにした。すると、怪我の部分に何かしらのもやが見える。気持ち悪い。
「わわ。……色は違うけれど、似たようなものだわ」
「何がですか?」
右肩をざくりと切られた騎士が、不思議そうにする。私は慌てて首を振った。
すると、そのもやに集中して回復魔法をかけると、今までになく上手くかけられた。傷の部分がつるりと新しい皮膚が再生している。
「すっかり治りました。これでまた訓練に集中できます。ありがとうございます!」
「良かったです」
騎士が嬉しそうに、はきはきとお礼を言ってくれる。じわりと嬉しい気持ちが広がる。
騎士とはすばらしい職業だ。自分より強いもの戦うのは難しい。
心が折れないで入れるだけで、凄いことだ。
私がそんな彼らの役に立てたことが、嬉しい。
次の騎士にも同じようなもやがみえ、私はそのまま、全員分の怪我を回復することができた。
「ダルバード先生! 私、回復魔法は大分上手になりました」
誇らしい気持ちでそう言ったのに、ダルバード先生は私の事を見つめたまま答えなかった。
いつもの穏やかな笑顔ではなく眉を寄せている。
「何か、問題ですか……?」
「クローディア様は、魔力が少ないと言っていましたね」
「ええ、一度調べてもらい魔力が少ないために魔法使いにはなれないだろうと」
「……その時、どなたか一緒におられましたか?」
「誰が……。あっ、母が居ました。珍しく体調が良く、父が期待していたのか家族が揃っていたのを覚えています」
その結果、私は何も受け継いでない無能だということが分かったわけだが。
「ああ、やはりそうでしたか……」
「あの、何か問題でもありますか?」
「いえ、問題というわけではありませんが……」
ダルバード先生は少し困ったように眉をひそめ、目を閉じて考え込む様子を見せた。私には何がそんなに問題なのか分からず、ただ黙ってその言葉を待っていた。
先生はやがて目を開け、真剣な表情でこちらを見つめると、深呼吸を一つして口を開いた。
「クローディア様」
ダルバード先生は声を潜めるように言った。
「先ほどの治療魔法は、本来であれば相当の魔力を必要とするものです。初級とはいえ、あれだけの回数は普通ならこなせません。しかも、初級魔法とは思えないほどの回復効果でした」
「え……? つまり、どういうことでしょうか?」
ダルバード先生の言葉に、私は首を傾げた。
「限界近くまで魔法を使えば、それ相応に体に問題が起こることがあります。あなたにはそれもありません」
「身体に異常はありませんが、いつも、講義の時もそうです」
「いつもは……そうですね、回復効果がちょっと、おかしいのです。おかしいことが、二つ、あります」
「おかしいこと」
「一つ目は、貴女は自覚がないかもしれませんが、多大な魔力を内に秘めている可能性が高いということです。少なくとも、通常の『魔力が少ない』とされる人の範疇には入りません」
「えっ……でも、私は魔法がほとんど使えないと聞いて育ちましたし、実際に魔力の検査でもそう言われていました」
過去の診断結果を思い出して、戸惑ってしまう。
あの落胆した空気が、嘘であったとは思えない。何度も父は、確認していた。
そして、計測した魔法師は気の毒そうに私を見つめたのだ。
ダルバード先生は頷きながらも、鋭い眼差しで私の手に集中していた。
「確かに、以前の検査ではそういう結果だったかもしれません。しかし、何かしらの誤解や、検査自体に問題があった可能性が考えられます。たとえば、貴女の魔力が特別な形で発現している、あるいは何らかの制限がかかっていたのかもしれません」
「……でも、どうして私が……?」
私はまだ混乱していたが、先生の表情はどこか期待に満ちていた。
「二つ目は魔法の効果ですが、私にも今は混乱している状態です。今後の授業でもう少し実践を増やし、貴女の魔力の正体や可能性を明らかにしていきましょう」
先生は微笑みを浮かべ、熱心に頷いた。
正直、自分にそんな力があるとは信じがたい。
それでも、もしかしたら誰かの役に立てるのかもしれないという期待が、私の心の中に少しだけ芽生えた。ルシウス様の魔獣になる苦しみを和らげられるかもしれないという期待も。
だが、すぐに慌ててその思いを振り払った。
期待は絶望と隣り合わせだ。
私は心を落ち着け、もう一度授業に集中した。