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26 夜中の散歩とお誘い

 その夜は、やっぱり寝付けなかった。


 フラウの事を、どうしても思い出してしまう。彼女の前に出た途端に、あっという間に自分がどんな存在だったか思い出した。

 ルシウス様が、こんな自分をちゃんと扱ってくれていることも。彼の存在に、どれだけ救われているかも。


 夜風にのって、花の香りがする。


「……こんな事も、凄く贅沢よね」


 ビアライド家の庭は広大だ。


 いい香りのする花々が咲き誇る庭園にあるベンチに、座って辺りを見る。

 どういう仕組みなのか、ぽわぽわと光っている明かりが幻想的だ。


「先生の魔法なのかなあ」


 ダルバード先生は多くは自分の事をあまり語らないけれど、王城で働いていたことがあるようだった。


 王城で働く、ということはそれだけ優秀だということだ。少しずつ教えていただいているけれど、知識も技術も素晴らしいものだということは私にもわかった。


 にこにこと優しく、感情的にならない先生は私にとって安全を感じる。


 どういうところでばれてしまうかわからないので、色は見ないようにしている。けれど、それでも私に何かしないということが伝わってくる。

 不思議だ。


「いい生徒ではないのが残念だわ」


 魔力も少ないようだし、回復魔法をまずは出来るだけ覚えるという事で進みが遅い。

 先生の期待に応えられるような生徒で、終わった後は少し落ち込んでしまう。


「……無能」


 私を端的に示す言葉だ。


 フラウは高貴な方から誘いがあったと言っていた。やはり彼女は魅力的なのだろう。

 私は馬車でこの地に来た為に時間がかかったけれど、フラウの様子では移転陣を使ってきたのだろう。


 移転陣の使用はとても高く、利用者も制限される。私が使うなどということは、考えつきもしなかった。


 それだけの価値が、彼女にはあるのだ。


 ……無能である私は毒を飲むべきなのだろうか?


 そこまで考え、目を伏せる。


 ルシウス様は既婚という立場を買ったと言っていた。妻が毒を飲んだなんて事があったら、彼がさらにひどい噂にさらされるだろう。

 生きていることに価値があるのだ。


 大丈夫、大丈夫だ。


 冷たい風がふき、思わず身体を抱き寄せる。部屋は暖炉があり、暖かい。戻ればいいだけ。寒いと感じた時に、戻る温かい部屋があるだけで凄く凄く、いいことだ。


 ……わかっているのに、今は部屋に一人になりたくなかった。


 だからと言って、ミーミアを呼ぶわけにはいかない。

 私はぼんやりと、空を見上げた。曇っていて、星は見えない。


「クローディア?」


「……ルシウス、さま?」


 会いたくない人に会ってしまった。


 夜の庭園になんて、誰も来ないと思っていたので油断してしまっていた。ルシウス様は夜も遅いというのに、かっちりとした服を着ていた。自分のすっかり寝る前だというような姿が恥ずかしい。薄いドレスに、羽織をかけただけだ。


「君はいつも眠れないのか?」


 何か聞かれるかと身構えた私に、ルシウス様は端的に問うた。


「……そう、ですね」


「ここは冷えるだろう。眠れないのならば、部屋にもう戻った方がいい」


 ルシウス様の言葉は私を責めるような響きではなかった。だから、私は素直な気持ちで答えることにした。


「一人でこもっていると、考えてしまうのです。……考えすぎて、眠れなくなる時があります」


「考えすぎる…それは何についてだ?」


 フラウの事をそのまま答えるわけにはいかなくて、私は首をかしげて見せた。


「そうですね。自分がどうあるべきか、とかでしょうか……」


「どうあるべき、か。……君は、私は今のままでいいと思う」


「え……?」


「いや、何でもない。クローディアは、眠れずにここに居るのだな。一人でいると考えすぎてしまうから」


「はい。なので、もう少しここに居ようと思います。ルシウス様も冷えますので、気を付けてくださいね」


 すぐに立ち去るだろうと思ったルシウス様は、口元に手を当て、考える仕草をした後驚くべきことを言った。


「……執務室で、本を読めばいい。私はもう少し、仕事がある」


「え……?」


「一人だと考えてしまうのだろう? 寝れないのであれば、私の執務室に居ればいい。暖かいし、私はまだ仕事があるから問題ないだろう」


 言ったことが理解できなくて、私はパチパチと目を瞬いた。


 答えない私を気にした様子もなく、ルシウス様はこちらだと言い、そのまま歩いて行ってしまった。

 私は慌ててルシウス様の後を追う。


 ちらりと私が付いてきたのを確認すると、ルシウス様は特に話しもせずそのまま歩いた。


 何も言わないままに、それでもルシウス様はゆっくり歩いてくれて、なんだか凄く……嬉しかった。


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