なんと言っていいかわからずに、私は話題を変えた。
「一つ質問なのですが、その手でカップは持てますか?」
ルシウス様は私の顔をまじまじと見た後に、弾かれたように大笑いした。
「ははは! 確かにこの手じゃ持てないな! 今までこの姿でカップを持ったことがないから気が付かなかったよ」
「わわわ、変な質問でした」
「いいんだ。……クローディアが飲ませてくれるかな?」
ずいっとルシウス様が近づいてくる。
「……揶揄ってますね」
「いや、夫婦だから頼んでる」
「夫婦って、こんな感じなんでしたっけ?」
「よく考えたら、全くわからないな」
「……私もです」
私の父と母は一緒に居るところをほとんど見たことがないし、父と義母は一緒に居るけれど愛情深いというよりはお金で繋がっているように見える。
「お互いに残念だ。……私たちが結婚した日も、そっけなかった」
「あの日初めて会いましたね」
「そうだ。……初めて会った時、あのような姿で申し訳なかった。後で気が付いたのだ」
血まみれの姿の事だろうか。後で気が付いたということに驚く。
「それだけあのような状態が、ルシウス様にとっては日常なのですね……」
戦いが日常的にあるというのは、過酷な仕事だろう。思わずため息が出る。
「そうなんだ。でも、その分君には不自由しない生活を送らせてあげることができると思うよ」
「……ありがとうございます」
微笑まれて、複雑な気持ちになる。
「なんだか納得していないようだね?」
「私とルシウス様は契約的な夫婦ですが……それでも、ルシウス様が危険で大変な状況をしているということは、不自由しない生活とはちょっと違うと思うのです」
「それは一体なぜだ? 魔物を倒せば、魔石も入るし領地の安全も手に入る。金銭的に問題ないし、不自由のない生活という事だ」
「……でも、きっと心配します」
「え……?」
「ああ! でも、お仕事は大事だと思うのです。危険だからやめた方がいいなんてことは、当然思っていません! 感謝していますし、皆も同じだと思います! あああ、なんだかルシウス様の仕事を否定したみたいになってしまいました! 申し訳ありません!」
大変な仕事をしている人に、お金を稼ぐ意味がないみたいに言ってしまった。
「人間の姿でも、心配してくれるのかな?」
ルシウス様がじっとこちらを見て、落ち着かない気持ちになる。今だったらそうだと言えそうだ。
けれど、人間になっても、同じだろうか。
自分の気持ちが、良くわからなくなってしまう。
「意地悪なことを聞いたね。……気にしないでくれ。ただ、覚えておいてくれるかな。今は、君の能力にも、君にも興味があるんだ」
ルシウス様は、冗談でもなく重くもなく、静かな目で私の事を見ていた。
「今日はありがとう。君と過ごす時間は、凄く心地よかった。君も、そうであるといいのだけれど。……この姿ででもいい、またこういう風に過ごせるといいと思う」
私は驚いた。私の為に獣の姿になり、そんな風に言ってくれるとは思わなかった。
私はどうしていいかわからずに、ただ頷いた。
その後、ルシウス様の入れてくれたお茶を飲んだ。
ルシウス様がお茶を飲むために、片手だけ人間に戻れるか試してみたけれど駄目だった。結局私が飲ませることになった。
お茶はとても美味しかった。
ルシウス様は、メイドにもなれそうだ。
思った以上の長い時間ルシウス様と温室に居たようだった。
外に出ると、もう日が陰ってきていた。
オレンジの色に染まった庭は、まるで夢の中のようだった。
「綺麗……」
朝の明るさも、こうして日が落ちる空の綺麗さも、ずっとわからなかった。
朝起きれば仕事が待っていて、日が落ちる頃には忙しさで空を見上げる事なんてなかった。
ずっと、下ばかり見ていたことに気が付く。
「残念だけれど、今日の執務に戻らなければ。夕食は一緒に取れないけれど、明日はまた、一緒に朝食を食べてくれるかな?」
「ええ、ありがとうございます」
ルシウス様は何故か残念そうにして、執務室に戻っていった。
公爵である彼は忙しいのだろう。こんな風に時間を一緒に居てよかったのだろうか。それだけ、私の回復魔法で得られる効果が高かったのだろうか。
『君の能力にも、君にも興味があるんだ』
ルシウス様の言葉が浮かんで、慌てて振り払う。
なんだか、不思議な一日だった。
部屋に戻った私は、疲れてしまい、ベッドに倒れ込んだ。寝ようかと思ったけれど、自分の気持ちが落ち着かなくて、とても眠れそうもなかった。
結局ミーミアに夕食に呼ばれるまで、ぼんやりと今日の事を反芻していた。