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17 秘密の共有

「……はい」


 なんて言っていいのかわからず、ただ返事を返す。


「率直に言うと、君の能力が気になっている」


「私の、能力……?」


「回復魔法はかけたことがある。それに、自分でもかけられる。けれど、こんな風になったのは初めてだった」


 自分の腕を撫で、何かを思い出すように険しい顔をしている。なにか、以前問題があったのだろうか。


「この体質は、非常に不便だし、危険だ。……だから、君に近くに居てもらいたい」


 何故か言いにくそうに、目を伏せている。しかし、一度目を瞑った後、ルシウス様はじっと私の目を見つめ、言った。


「君が必要なんだ」


 そのまっすぐな言葉に、どきどきとする。

 私が、ルシウス様の役に立つかもしれない。


「そういう事であれば、もちろん手伝いをさせてください」


 必要とされている。その事が嬉しかった。


「ありがとう。……助かるよ」


 何故かルシウス様は私の隣の席に座った。そのまま私の手をとる。


 途端に緊張が走る。

 ルシウス様の綺麗な手が私の手を握っている。ごつごつとしていて、力強い手。


 殴られたら痛いだろう。


 恐怖で身体が強張っていくのを感じる。

 大丈夫、大丈夫。ここは安全とはいかなくても、前よりは酷くない。


 暴力だって、きっとない。


 私は嫌な想像をこれ以上しないように、ぐっと手に力を入れる。


「……君は」


 私が警戒していることを悟ったのだろうか。ルシウス様は私の手をそっと離した。

 状況的には良くないのに、ほっとしてしまう。


「魔獣である私の方が、好みのようだな」


「……そ、そういうわけではありません!」


「いや、いいんだ」


 なんだか意味ありげににやりと笑った。

 整った顔の人が笑うと、凄く悪人という感じがする。こわい。


「怯えているのか?」


「いえ、とても、整ったお顔だなと……」


「褒めてくれてありがとう。言葉と態度が全く合っていないような気がしているが」


「決してそんな事はありません」


 ううう。あってます! こわいです!


 でもそんな事を言うわけにはいかない。偉い人の権力には巻かれないといけないのだ。


 目障りなら離婚大丈夫です、という言葉が出かかって、いやそれは契約違反になりかねないと飲み込む。

 いっそもうメイドとして扱ってくれと言おうか迷っていると、ルシウス様の姿がゆらりと揺れた。


「……! えっ」


「この姿ならどうだ?」


 ルシウス様は人狼といったような姿になっていた。


 頭には黒い耳がピンと立っていて、大きなしっぽが生え、手は獣のそれになっている。

 顔はそのままだけれど、ゆったりとしていた服の袖からは毛が見えている。


 服が無事な事にちょっとほっとする。


 その手で私の手を握られ、ふわふわとした感触が心地いい。そろりと撫でると、毛がみっしり生えていてもふもふだ。黒くて綺麗な毛。


 ぎゅっと握られると、ちょっとくすぐったい。


「ふふ、この毛はどこまでどうなっているのですか?」


「私の裸が見たいという話かな? それなら脱ごうか」


「あっ、大丈夫です! 問題ありません! 想像で何とかします!」


 煽情的な顔でボタンに手をかけたルシウス様を、慌てて止める。

 あああ、恥ずかしい。


「……想像で」


「失言でした妄想なんてしてません大丈夫です安心してください」


 慌てて更に失言を重ねた気がする。

 もうどうしようもない。いや、何か言わなければ、ルシウス様が呆れてしまう。


 ぐるぐるとした頭を、ルシウス様がそっと撫でた。


「クローディア……この姿なら大丈夫そうなのだな」


 くつくつと笑うルシウス様が楽しそうで、呆然と見てしまう。


「……怒って、いませんか?」


「当然だ。くくっ、クローディアは魔獣の時と人間の時で態度が違いすぎだろう」


「あわわ……申し訳ありません」


「普通は人間の時は寄ってきて、魔獣の時は避けるのだがな」


 確かに普通ならそうだろう。


 魔獣という異形の姿……この姿だとつい素直な気持ちで話してしまう。

 自分で引いてきた線が、緩んでしまう。


「自分でも、不思議なぐらいです」


 こんなに油断してしまうなんて。


「公の場でこの姿で居るわけにはいかないが、クローディアと二人の時は、善処しよう。……色々問題があるから、一緒に考えてくれ。魔物憑きとは言われているけれど、実際どのようなものかしらない人のが多いだろう。この城でも同様だ。……君もなるべく口にしないように」


「わかりました」


 何故こんなに楽しそうなのだろう。腑に落ちないものを感じながらも、機嫌が良さそうなルシウス様に、私は頷いた。


 ……秘密を共有したような、気持ちだ。

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