「……はい」
なんて言っていいのかわからず、ただ返事を返す。
「率直に言うと、君の能力が気になっている」
「私の、能力……?」
「回復魔法はかけたことがある。それに、自分でもかけられる。けれど、こんな風になったのは初めてだった」
自分の腕を撫で、何かを思い出すように険しい顔をしている。なにか、以前問題があったのだろうか。
「この体質は、非常に不便だし、危険だ。……だから、君に近くに居てもらいたい」
何故か言いにくそうに、目を伏せている。しかし、一度目を瞑った後、ルシウス様はじっと私の目を見つめ、言った。
「君が必要なんだ」
そのまっすぐな言葉に、どきどきとする。
私が、ルシウス様の役に立つかもしれない。
「そういう事であれば、もちろん手伝いをさせてください」
必要とされている。その事が嬉しかった。
「ありがとう。……助かるよ」
何故かルシウス様は私の隣の席に座った。そのまま私の手をとる。
途端に緊張が走る。
ルシウス様の綺麗な手が私の手を握っている。ごつごつとしていて、力強い手。
殴られたら痛いだろう。
恐怖で身体が強張っていくのを感じる。
大丈夫、大丈夫。ここは安全とはいかなくても、前よりは酷くない。
暴力だって、きっとない。
私は嫌な想像をこれ以上しないように、ぐっと手に力を入れる。
「……君は」
私が警戒していることを悟ったのだろうか。ルシウス様は私の手をそっと離した。
状況的には良くないのに、ほっとしてしまう。
「魔獣である私の方が、好みのようだな」
「……そ、そういうわけではありません!」
「いや、いいんだ」
なんだか意味ありげににやりと笑った。
整った顔の人が笑うと、凄く悪人という感じがする。こわい。
「怯えているのか?」
「いえ、とても、整ったお顔だなと……」
「褒めてくれてありがとう。言葉と態度が全く合っていないような気がしているが」
「決してそんな事はありません」
ううう。あってます! こわいです!
でもそんな事を言うわけにはいかない。偉い人の権力には巻かれないといけないのだ。
目障りなら離婚大丈夫です、という言葉が出かかって、いやそれは契約違反になりかねないと飲み込む。
いっそもうメイドとして扱ってくれと言おうか迷っていると、ルシウス様の姿がゆらりと揺れた。
「……! えっ」
「この姿ならどうだ?」
ルシウス様は人狼といったような姿になっていた。
頭には黒い耳がピンと立っていて、大きなしっぽが生え、手は獣のそれになっている。
顔はそのままだけれど、ゆったりとしていた服の袖からは毛が見えている。
服が無事な事にちょっとほっとする。
その手で私の手を握られ、ふわふわとした感触が心地いい。そろりと撫でると、毛がみっしり生えていてもふもふだ。黒くて綺麗な毛。
ぎゅっと握られると、ちょっとくすぐったい。
「ふふ、この毛はどこまでどうなっているのですか?」
「私の裸が見たいという話かな? それなら脱ごうか」
「あっ、大丈夫です! 問題ありません! 想像で何とかします!」
煽情的な顔でボタンに手をかけたルシウス様を、慌てて止める。
あああ、恥ずかしい。
「……想像で」
「失言でした妄想なんてしてません大丈夫です安心してください」
慌てて更に失言を重ねた気がする。
もうどうしようもない。いや、何か言わなければ、ルシウス様が呆れてしまう。
ぐるぐるとした頭を、ルシウス様がそっと撫でた。
「クローディア……この姿なら大丈夫そうなのだな」
くつくつと笑うルシウス様が楽しそうで、呆然と見てしまう。
「……怒って、いませんか?」
「当然だ。くくっ、クローディアは魔獣の時と人間の時で態度が違いすぎだろう」
「あわわ……申し訳ありません」
「普通は人間の時は寄ってきて、魔獣の時は避けるのだがな」
確かに普通ならそうだろう。
魔獣という異形の姿……この姿だとつい素直な気持ちで話してしまう。
自分で引いてきた線が、緩んでしまう。
「自分でも、不思議なぐらいです」
こんなに油断してしまうなんて。
「公の場でこの姿で居るわけにはいかないが、クローディアと二人の時は、善処しよう。……色々問題があるから、一緒に考えてくれ。魔物憑きとは言われているけれど、実際どのようなものかしらない人のが多いだろう。この城でも同様だ。……君もなるべく口にしないように」
「わかりました」
何故こんなに楽しそうなのだろう。腑に落ちないものを感じながらも、機嫌が良さそうなルシウス様に、私は頷いた。
……秘密を共有したような、気持ちだ。