……ううう、緊張する。
食堂でルシウス様と向かい合って座っている。いつもは一人で食べているから、給仕に聞いたメニューや素材を反芻しながらゆっくり食べている。
実践のない食事マナーはまだ不安が大きい。
「一緒に食べるのは初めてだな」
「……はい」
先程とは違い貴族然とした笑顔のルシウス様に、どう答えていいかわからない。
今はちゃんと服を着ていて、改めて彼が身につけているものの豪華さに気づいた。
黒が基調のゆったりとした上着で、光の加減で控えめに光沢があり、やわらかそうな布地だった。
随所に刺繍が施されているが、それも派手すぎず、かえって品がある。
腰には金の留め具で締められたベルトがあり、それが彼のたくましい体つきを引き立てている。
ズボンも同じく黒で、ぴったりとした形だが、どこか動きやすそうに見える。
全体的に派手ではないが、ただただ高価そうだ。
……支給されている私のドレスも、考えないようにしていたけれど凄く高そう。
ドートン家で用意したものも高かっただろうけれど、普段着としてのドレスが高そうなのは恐ろしい。
汚れてもいい服にしたい。メイド服が恋しくなるなんて。
どうでもいい事を考え思考を逸らしていると、ルシウス様がこちらを見ていた事に気が付いてはっとする。
「私と一緒の食事は嫌なのか?」
「いいえ、ただこんな機会があるとは思わなくて」
「どんな機会の事かな?」
「ルシウス様とは、公的な場以外では会わないかと」
「そうだな。私は屋敷の奥の部屋に隠れていた。見つかったのが不思議なぐらいだ」
「……も、もうしわけありません……」
私が謝ると、ルシウス様はくくっと笑った。
「冗談だ。君が迷子だったということは疑っていない」
「迷子とはいえ……執務室のほうまで行ってしまうとは……大変に申し訳のないことを」
執務室は奥まったところにあった。それだけ見られたくないものがあるということだ。
ちなみにドートン家では父の寝室の隣にあった。
「……さっきのような事があったときのためだ。寝室も、同じで入れる人は限られている」
「……そうだったのですね」
ルシウス様は、もう先程の事を隠すつもりがないのかさらりと伝えてくる。
私に言ってもいいのだろうか。
……それとも、夫婦だから知っていていいということなのだろうか。
ドートン家では、教えてもらえることは限られていた。勉強も兼ねた執務も教わっていたけれど、全般がわからないように限られた資料を見せられていた。
お前を信用していないということを、繰り返し繰り返し伝えられた。
それが通常だったのに。
なんだかむずむずとして、この気持ちが良くわからなくて果物を口に入れる。
「……!」
口に入れた果物がかなり酸っぱく、驚いた。
吐き出さずにいられたのは良かった。
ルシウス様がじっとこちらを見ていて、どきどきとする。
これは何の料理だと教えてもらえればわかるけれど、全部を聞くわけにもいかない。
マナーは教えられていても、実際に食べていないものはわからない事が多く戸惑ってしまう。
先程はなんだか色々話してしまった気がするけれど、まだ病弱な令嬢だと思っている可能性も高い。
……ばれて、ないよね?
「檸檬はそのままじゃ酸っぱいだろう」
少し驚いたように私を見ているルシウス様に、失敗を悟る。
病弱だからと言い訳をした方いいだろうか、でも、それならば何を食べていたのかと聞かれても答えられない。
どうしたら。
「……私は今日の料理にはかけた方が好きだな」
ぐるぐると色々な考えがまわっている私に、何事もなかったようにルシウス様が微笑んだ。
そしてルシウス様はフォークで刺した檸檬を、もう片方の手でぎゅっと絞った。あっという間に皮だけになる。
「すごい力です……」
同じようにやろうとして、やめる。上手くできないかもしれない。
「クローディアはどっちが好きだろうか」
すっと席を立ち、ルシウス様があっという間に檸檬を絞ってくれる。その素早い動きに動揺してしまう。
……貴族男性って、すごく気が利くって聞いたことあるわ。こういう事なのね。
「ありがとうございます」
私も講師に教えられたとおりに、にこりと笑ってお礼を言った。
「……ああ」
しっかり模範解答だったような気がするのに、ルシウス様は笑顔を消しさっと戻って食べ始めた。
なんだか素っ気ない態度で、私の答えは間違いだったような気がしてくる。
早くマナー講師をつけてもらわなくては。マナー講師もミーミアのように、仕事に忠実で秘密を守ってくれる人だといいけど。
迷いながらもルシウス様が檸檬をかけてくれたお肉を食べると、酸味がさわやかでとても美味しい。
「……私もかけた方が好きみたいです」
「良かった。好みが似ているのかな」
「……そうですね」
どういう気持ちかわからなくて笑顔のまま警戒していると、ルシウス様は後ろに控えていた従僕に合図をして呼んだ。
何かささやくと、デザートとお茶も運ばれてきた。
「無作法だけれど、クローディア、君と二人で話したい」
低くなった声に、びくりとする。
「……はい」
「先ほどまでの件だ」