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16 一緒にご飯

 ……ううう、緊張する。


 食堂でルシウス様と向かい合って座っている。いつもは一人で食べているから、給仕に聞いたメニューや素材を反芻しながらゆっくり食べている。


 実践のない食事マナーはまだ不安が大きい。


「一緒に食べるのは初めてだな」


「……はい」


 先程とは違い貴族然とした笑顔のルシウス様に、どう答えていいかわからない。


 今はちゃんと服を着ていて、改めて彼が身につけているものの豪華さに気づいた。

 黒が基調のゆったりとした上着で、光の加減で控えめに光沢があり、やわらかそうな布地だった。


 随所に刺繍が施されているが、それも派手すぎず、かえって品がある。

 腰には金の留め具で締められたベルトがあり、それが彼のたくましい体つきを引き立てている。


 ズボンも同じく黒で、ぴったりとした形だが、どこか動きやすそうに見える。

 全体的に派手ではないが、ただただ高価そうだ。


 ……支給されている私のドレスも、考えないようにしていたけれど凄く高そう。


 ドートン家で用意したものも高かっただろうけれど、普段着としてのドレスが高そうなのは恐ろしい。


 汚れてもいい服にしたい。メイド服が恋しくなるなんて。


 どうでもいい事を考え思考を逸らしていると、ルシウス様がこちらを見ていた事に気が付いてはっとする。


「私と一緒の食事は嫌なのか?」


「いいえ、ただこんな機会があるとは思わなくて」


「どんな機会の事かな?」


「ルシウス様とは、公的な場以外では会わないかと」


「そうだな。私は屋敷の奥の部屋に隠れていた。見つかったのが不思議なぐらいだ」


「……も、もうしわけありません……」


 私が謝ると、ルシウス様はくくっと笑った。


「冗談だ。君が迷子だったということは疑っていない」


「迷子とはいえ……執務室のほうまで行ってしまうとは……大変に申し訳のないことを」


 執務室は奥まったところにあった。それだけ見られたくないものがあるということだ。

 ちなみにドートン家では父の寝室の隣にあった。


「……さっきのような事があったときのためだ。寝室も、同じで入れる人は限られている」


「……そうだったのですね」


 ルシウス様は、もう先程の事を隠すつもりがないのかさらりと伝えてくる。

 私に言ってもいいのだろうか。


 ……それとも、夫婦だから知っていていいということなのだろうか。


 ドートン家では、教えてもらえることは限られていた。勉強も兼ねた執務も教わっていたけれど、全般がわからないように限られた資料を見せられていた。


 お前を信用していないということを、繰り返し繰り返し伝えられた。

 それが通常だったのに。


 なんだかむずむずとして、この気持ちが良くわからなくて果物を口に入れる。


「……!」


 口に入れた果物がかなり酸っぱく、驚いた。

 吐き出さずにいられたのは良かった。


 ルシウス様がじっとこちらを見ていて、どきどきとする。


 これは何の料理だと教えてもらえればわかるけれど、全部を聞くわけにもいかない。

 マナーは教えられていても、実際に食べていないものはわからない事が多く戸惑ってしまう。


 先程はなんだか色々話してしまった気がするけれど、まだ病弱な令嬢だと思っている可能性も高い。


 ……ばれて、ないよね?


「檸檬はそのままじゃ酸っぱいだろう」


 少し驚いたように私を見ているルシウス様に、失敗を悟る。


 病弱だからと言い訳をした方いいだろうか、でも、それならば何を食べていたのかと聞かれても答えられない。


 どうしたら。


「……私は今日の料理にはかけた方が好きだな」


 ぐるぐると色々な考えがまわっている私に、何事もなかったようにルシウス様が微笑んだ。


 そしてルシウス様はフォークで刺した檸檬を、もう片方の手でぎゅっと絞った。あっという間に皮だけになる。


「すごい力です……」


 同じようにやろうとして、やめる。上手くできないかもしれない。


「クローディアはどっちが好きだろうか」


 すっと席を立ち、ルシウス様があっという間に檸檬を絞ってくれる。その素早い動きに動揺してしまう。


 ……貴族男性って、すごく気が利くって聞いたことあるわ。こういう事なのね。


「ありがとうございます」


 私も講師に教えられたとおりに、にこりと笑ってお礼を言った。


「……ああ」


 しっかり模範解答だったような気がするのに、ルシウス様は笑顔を消しさっと戻って食べ始めた。

 なんだか素っ気ない態度で、私の答えは間違いだったような気がしてくる。


 早くマナー講師をつけてもらわなくては。マナー講師もミーミアのように、仕事に忠実で秘密を守ってくれる人だといいけど。

 迷いながらもルシウス様が檸檬をかけてくれたお肉を食べると、酸味がさわやかでとても美味しい。


「……私もかけた方が好きみたいです」


「良かった。好みが似ているのかな」


「……そうですね」


 どういう気持ちかわからなくて笑顔のまま警戒していると、ルシウス様は後ろに控えていた従僕に合図をして呼んだ。


 何かささやくと、デザートとお茶も運ばれてきた。


「無作法だけれど、クローディア、君と二人で話したい」


 低くなった声に、びくりとする。


「……はい」


「先ほどまでの件だ」


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