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13 謎の声

 喉の渇きを感じ、ソファから身体を起こす。


 魔法の講義のための本を読んでいたのだが、すっかり没頭してしまっていた。

 快適なふわふわとしたソファの感触に、まだ違和感がある。自分が思うよりもずっと、時間がたつのが早い。


 どうにも集中しすぎてしまうのだ。


 硬い床で過ごす生活に戻りたいわけでは、決してないけれど。

 身体が痛くて集中が切れるのが定番だった。


「お水……は、もうないわね」


 ミーミアが用意してくれていた水はもう飲みほしてしまっていた。

 普段はこんなに飲むことはないが、今日は少し食事がしょっぱかったからかもしれない。


 窓の外は薄暗い。


 ベルを鳴らせばいつでも彼女が来てくれると知ってはいたけれど、夕食までのわずかな休憩時間を邪魔する気になれなかった。


「……飲み物、取りに行こうかしら」


 ミーミアが居ない間は部屋の外に出るのははばかられ、ずっと部屋で過ごしていた。


 しかし、何かあるたびに彼女を呼ぶのも気が咎める。


 ……少しぐらい、屋敷を歩いても怒られないわよね。


 少なくとも、ルシウス様にはそうするなとは言われなかった。


 勇気を出して、扉を開ける。


 いつも食事を取っている食堂まで行ってみよう。そこにいるメイドに、飲み物をもらうだけ。


 ……それだけの事が、難しい。


 貴族として、この家の一員として振舞う。昔は出来ていたようなことが、もう遠い。


 ……メイドとしてなら、大丈夫なのに。


 息苦しさを感じつつも、ここに嫁いだのは現実なのだ。ずっとこのままでいるわけにはいかない。


 きっと、今日がその時だ。


 ぱちぱちと頬を叩く。


 そろそろと、外に出てみる。出来るだけ背筋を伸ばし、歩き方にも気を付ける。


 ドートン家とはまったく違う、広く重厚な城。


 金銭的な余裕を感じる作りは、見るだけでも心が弾む。しかし、今の私には場違い感の方が強い。

 どこも広々としているけれど、この広さが心に重くのしかかってくるように感じられる。


 ルシウスの城は広さも安全も、以前とは桁違いなのに同じように居場所がなく感じる。

 しばらく歩くと、メイドたちが掃除をしている姿が見えた。


 仕事をしつつ、何か話をしている。


「あの人は……あの家……」

「……いくらなんでも家格が……」


 会話の端が聞こえ、息苦しくなる。

 きっと、私の事だ。


 気が付かれないようにきゅっと手を握り、その前を通り過ぎる。

 しかし、通りざまに長年の癖で色を見てしまった。


 青色。


 ……私に敵意や不快な気持ちがあるときに見える色、だろう。

 実家でもいつも見ていた、馴染みのある色だ。


「……やっぱり、そうよね」


 ミーミアに見たことのない色を見て、少し期待してしまっていたのかもしれない。


 悪意ばかりがある、あの家が異常だったのではないかと。

 見ないようにしていたのに、どうして見てしまったんだろう。


 ……きっと、自分の心の弱さのせだ。


「……人間は、皆同じよ……私に危害を加えるか、無関心かだけの違いよ……」


 途端に以前の自分に戻ってしまいそうで、目を背けた。

 誰にも必要とされず、邪魔だと思われていた自分に。


「何か御用でしょうか」

「いえ、大丈夫です」


 青い色をまとっていたメイドに声をかけられ、私は思わず逃げ出した。


 わき目もふらず、しかし、ゆっくり淑女の速さで。


 弱みは決して見せてはいけない。

 弱みを見せたらつけ込まれる、距離を保って自分を見せてはいけない。


 それがこんな時にも、自分に染みついていた。


「……はぁ、はぁ」


 何も見ないように、無心で歩いていた。

 息苦しさに我に返り、止まった。


 どこにいたって、結局、変わらないって知っているのに……。


 自分の居場所がない。

 そう感じることに慣れている、それでもふとした瞬間に寂しさが胸に押し寄せる。


 馬鹿みたいな感情に振り回される自分が嫌だ。


「……喉が渇いただけだったのに」


 勇気を出したと思って、これだ。色を見ても、見なくても、気にしないで生きていけるようになりたい。


「それにしても、ここはどこかしら……」


 結構な距離を歩いた気がする。


 ドートン家は広い屋敷ではあったけれど、こことは比べようがない。全くわからない。


 まずはとりあえず引き返そう。


 そう踵を返したところで、何か声のようなものが聞こえた気がした。


「……まさか、幽霊……!」


 今まで霊感があるとかは気にしたことがなかったけれど、歴史ある建物。幽霊ぐらいいる気がしてきた。


 広い廊下も重厚な扉も、歴史のありそうな置物も、雰囲気がありすぎてぞっとする。


 ぞくり、と寒気がする。

 怖い。


「……ぐ……ぁ……」


 遠くから同じように、今度はもっとはっきりと聞こえた。


 これは幽霊じゃなさそうだ。


「……間違いなく、聞こえたわよね」


 苦しんでいる人の声のような気がした。

 幽霊の声も人の声で同じかもしれないけれど、誰かが倒れているかもしれない。


 これでは探さないわけにはいかない。


 私は一つ一つ扉に耳を付け、そっと気配を窺った。

 どれも静かな中、一番奥の扉で、苦し気な息遣いが聞こえてきた。

「失礼します! クローディアです。何か問題がありますか、大丈夫ですか」

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